2013年5月12日日曜日

畳半畳と路地と人



写真展 田中英世☞「畳半畳」
日時: 2013年5月9日(木)~16日(木)
開場: 13:00~20:00(最終日~18:00)
会場: 東京/神保町「路地と人」
(東京都千代田区神田神保町1-14 英光ビル 2F)
企画: 中西レモン
協力: 坪田篤之、細谷修平、路地と人

畳半畳in路地と人
──田中英世写真展 日替わりパフォーマンス──
出演: 冨岡千幸、アチャコとパンチャ、中西レモン、菊地びよ、
根耒裕子、阿久津智美、武藤容子、みのとう爾徑(出演順)
開演: 7:00p.m.(12日、16日のみ 4:00p.m.)
料金: 1ドリンク+投げ銭



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 中西レモンが主催する「ちょっとした舞・踊の祭典 畳半畳」の最新公演が、5月9日(木)から16日(木)までの8日間にわたり、神保町の路地裏にある極小のスペース「路地と人」で開催された。2004年3月にスタートしてから通算で17回目となる今回は、舞踊祭そのものを前面に出すのではなく、長らく本シリーズの撮影をしてきた田中英世のL判写真展「畳半畳」の開催を記念する日替わりパフォーマンスとしておこなわれ、前月に仙台の画廊「ターンアラウンド」で開催された企画展の巡回展という形をとっている。「畳半畳in路地と人」では、冨岡千幸、アチャコとパンチャ、中西レモン、菊地びよ、根耒裕子、阿久津智美、武藤容子、みのとう爾徑など、これまでにも「畳半畳」に出演したことのある面々が、毎回10人前後の観客に囲まれてパフォーマンスした。第10回公演の際に記念誌『畳半畳』(2008年2月)が刊行されており、寄稿文やインタヴュー、公演レヴューなどによってシリーズの概要が知られる。その記録によると、「畳半畳」は、高円寺の「無力無善寺」と神楽坂の「die pratze」を会場に、1日に4組5組のセットをプログラムした2日間ないし3日間の公演で、6年間にわたって継続され、2010年12月の大阪出張公演をもってしばらく休止したあと、今年になって田中英世写真展として復活する経緯をたどっている。

 「畳半畳」における半畳の畳というのは、畳のうえで、畳の周囲で、あるいは畳が置かれている会場で、あるいは畳が置かれた会場のある建物で、さらにはその建物が建っている界隈でというように、パフォーマンスする演技者が、みずからの身体を容れる空間を自由に設定したり、解釈したりすることを許すことで、モダンダンスや舞踏や演劇といったパフォーマンスの出自とは無関係に、そのうえを多様な身体が通過していくことを可能ならしめる、唯一の形式ならぬ形式になっていると思われる。すべてを許容するための畳半畳といったらいいのだろうか。記念誌『畳半畳』に寄せたテクスト「半畳の行方」のなかで、黒沢美香は「畳半畳そのものは狭さより貧乏臭さが表れる事が意外だった」と書いているが、畳が会場の床に固定されるだけという道具立ての貧しさは、(結果的に見るならば)まさに求められた貧しさであり、最初の公演会場となった「無力無善寺」が手狭だったことの必然性を超えて、その後につづく17回の持続を可能にする当のものになったはずである。すなわち、半畳の狭さは条件としてあるものではなく、実際にも、空間の限界として設定されておらず、多様な身体が出現する空間を、貧しく──というのはつまり、特別な色づけを与えてしまうことなく──構造化する最小単位として機能したといえるのではないだろうか。

 多様なものが多様であることは、多様なままであるだけでは知ることができない。それが動くことのないひとつの場所を通過していく瞬間に、初めてそれと知られるものであり、2000年代の「畳半畳」は、まさにそのような経験を観客にもたらす場所だったのではないかと思われる。玉石混淆といっていいような雑多なもののあらわれは、現代の即興演奏がそうであるように、ひとつの基準のもとに整序されるべきものとしてあるのではなく、ひとつの身体を構成する雑多なものとして、あるいは、無数の身体(の連結)によって生み出される、形をなす以前のエネルギー、あるいは形をはぎ取られたエネルギーとして存在するものであり、おそらくは私たちが暮らすこの都市を、地下水脈的に流れているもののように思われる。この間の事情を、中西レモンは次のように語っている。「舞台上の動線に依拠する装飾を出演者は削がれますよ。体一つに戻らざるを得ないですから、何ですか、ダンス以前というのか」(『CUT IN 35号』2005年2月、初出)。「畳半畳」によって中西自身が見たいと思っていただろうこと、「どうしようもなく出てしまった、未整理で、得体も知れないような」もの、「圧倒的で、衝撃的で」あるようなしかたでしか私たちに到来することのないもの、すなわち、形式を備える以前の生命的なエネルギーのあらわれが、中西を魅了しているらしいことがうかがえる。

 神保町の路地裏にひっそりと建つ古びた木造の英光ビル、その2階の一室に居を構えた「路地と人」で初体験した「畳半畳」は、私にとって、振付された劇場作品を観ているだけでは知ることのできない街場の身体表現が、背景にどのようなコンテクストをもっているかを、おぼろげにでも想像可能なものにしてくれるものであった。東京をひとつの地域として生きる人々が集い、資本によって観客と出演者を分断することなく、生活空間に極めて近い場所でパフォーマンスをおこなう公演スタイルは、音楽の領域で、街場の即興演奏がとっているそれと同様のものだが、それだけでなく、おそらく身体を直接あつかう表現の特質なのだろう、「越境」というありきたりの言葉が時代遅れに感じられるほど、即興演奏以上に雑多な要素を含んだ広範な活動として展開されているように思われる。その一方で、現在の即興演奏は、街場の音楽であるとともに、高度に抽象化された芸術の側面を備えたものとなっている点に特徴があるが、そこへいくと、身体そのものをあつかう表現の領域は、その具体性ゆえに、現代においても、人間の自然というべきものに直接してあらわれてきているように感じられる。「畳半畳」こそは、そうした人間の自然がもつ複雑さのただなかに桶を投げ入れる井戸としてあり、都市を地下水のように流れる膨大なエネルギーの一端を、地上に吹き出させようとする試みでありつづけているのではないだろうか。■

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2013年5月10日金曜日

【CD】黒田京子: 沈黙の声



黒田京子『沈黙の声』
Kyoko Kurora: the very voice of silence
ORT music/Airplane Label/PROJECT LAMU Inc.|APX 1013|CD
曲目: 1. インハーモニシティ II (4:25)、2. おきな草のうた (4:56)
3. ひまわりの終わり (4:25)、4. ホルトノキ (6:33)
5. 白いバラ (6:19)、6. 闇夜を抱く君に (6:11)
7. 割れた皿~道 (5:57)、8. 燃ゆる花 (4:21)
9. あなたと (2:21)、10. インハーモニシティ I (3:25)
11. ろうそく (1:39)
演奏: 黒田京子(piano)
録音: 2012年11月1日
場所: 東京小岩「オルフェウス・レコーディング・スタジオ」
イラスト: 松岡芽ぶき
エンジニア: 菅原直人
ピアノ調律: 辻秀夫
発売: 2013年5月29日



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 黒田京子の最初のソロアルバム『サムシング・キープス・ミー・アライヴ』(1991年4月録音)は、いまは亡き川崎克己をエンジニアに、ピアノ調律を、最新作の『沈黙の声』でも産婆役を務めた辻秀夫に依頼して、当時、齋藤徹とコラボレーションしていた画家・大成瓢吉の拠点だった湯河原の個人美術館「空中散歩館」で収録したものである。いい響きを得るため、天井高く造られてはいたものの、特別な防音設備などはなく、自動車のエンジン音や小鳥のさえずりが聴こえる環境だったが、それだけに雰囲気はとても開放的なもので、みずからの音楽と対峙するピアニストの緊張感をよそに、音楽仲間の友人たちが旅行気分で集まったようなところがあった。ふりかえれば、最初のソロが録音されたのは、異領域の表現者をネットワークするORTの活動を一段落させた黒田が、彼女自身の音楽と一対一で向かいあわなくてはならない時期だったように思う。アルバムに制作者としてかかわった私は、録音機材を詰めこんだ帰りの自動車のなかで、「今度はスタジオで」といったエンジニアの声を、いまでも覚えている。

 あの録音から20年の歳月が流れた。その後もつづけられた交流を通して、黒田のピアニズムに精通するにいたった辻秀夫のピアノ監修のもと、さまざまな出会いや演奏活動のなかで書かれた楽曲の数々を集大成するソロ第二弾『沈黙の声』がリリースされる運びとなった。劇団トランクシアターの音楽監督をしていたときに書かれた曲(「おきな草のうた」)、敬愛する画家・堀文子の作品や生き方に感銘を受けて書かれた曲(「ひまわりの終わり」「ホルトノキ」「燃ゆる花」)、太田惠資、翠川敬基と組んでいた黒田京子トリオのために書いた曲(「白いバラ」「割れた皿」「あなたと」「インハーモニシティ I」)、ヴァイオリニスト喜多直毅と作りあげた劇作品で演奏した曲(「インハーモニシティ II」「闇夜を抱く君に」)など。なかに赤羽敬夫監督のドキュメンタリー作品『旭巫女縁起』(1996年)に提供した「道」が収録されているが、これは監督の赤羽にソロ第一弾のジャケット画を描いてもらうという縁をいまにつなぐものであり、音楽の継続性をそれとなく示すものといえるだろう。その他に、録音前日にインスピレーションを得て書かれた「ろうそく」がある。

 楽曲の演奏は、ピアノという楽器の本質に迫るようになされている。彼女が演奏するピアノは、ある音楽を表現するための道具ではなく、むしろ聴かれるべき固有の声をもつ存在のようだ。タイトルの「沈黙の声」とは、まさに彼女を生かしてくれているもののことであり、聴こうとするものにしか聴こえないピアノの声のことなのだろう。黒田が書くメロディーやピアノ演奏は、serene という英単語がもつすべての意味(晴朗な、うららかな、のどかな、澄み渡った、雲ひとつない、穏やかな、静かな、落ち着いた、安らかな、平和な)を感情のようにもち、曲によっては、そこに激情をみなぎらせた深紅の絵の具がしたたり落ちるというふうにしてなされている。ピアニストの耳は、理想的な調律によって真珠のように輝くピアノの一音一音の前で立ち止まり、音と音の重なりあいが作り出す「非調和な」モアレ状のたゆたいに身をゆだね、演奏者の表現欲求といったものを一番最後に置いている。自分がかかわったすべての音楽、またピアノという楽器のよき伴走者となるべく死力をつくす黒田は、そのような表現者としてそこに居あわせているのである。■

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2013年5月9日木曜日

【CD】ヒグチケイコ 森重靖宗: あわい



ヒグチケイコ 森重靖宗
Keiko Higuchi  Yasumune Morishige
『awai』
Improvising Being|IB-19|CD
曲目: 1. nearby (4:20)、2. inside (3:41)
3. glimpse (5:32)、4. void (3:53)
5. sigh (11:07)、6. calls (3:45)
7. rhizome (4:43)、8. moan (2:37)
演奏: 森重靖宗(cello)
ヒグチケイコ(voice)
録音: 2011年-2012年
場所: 東京
発売: 2013年4月



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 言葉をもたない声だけのヴォーカリーズと、音符をもたない、チェロのさわりの音だけで構成されたサウンド・インプロヴィゼーション。収録されたひとつひとつのテイクに、イメージとしてのタイトルはつけられているものの、和音構成や楽曲構成など、音楽における建築学的な要素をすべて排したこれらの演奏は、いわば無名のまま存在しており、しばしば「物質的」と形容される響きだけを交換している。長い共演歴をもつヴォイスのヒグチケイコとチェロの森重靖宗が、おたがいの音楽を知りつくしたいまの時点で、初めて正式にリリースすることになったデュオアルバム『あわい awai』は、ある危機的な時間を刻印しながら、ふたつの特徴的なサウンドの “あわい” を、手さぐりした演奏ということができるだろう。それぞれ他に類を見ない、特異性だけを煮つめたような音楽を追究しているふたりだが、いびつなチェロのサウンドはそのままひとつの声であり、意味をもたない声は言葉のさわりのようにして響いている。

 アルバムに刻印されたある危機的な時間とは、2011年から翌年にかけて断続的におこなわれた録音の時期が、家庭的な事情で、一時的に音楽シーンを離れざるをえなくなった森重が、ちょうど演奏活動を休止していた期間に重なることを意味している。ミュージシャンネームを「mori-shige」から本名の「森重靖宗」に変えるなど、音楽の社会性と私性をめぐり、この期間の森重が、彼の人生において重要な転換期を迎えていたことはあきらかだろう。もしかしたら音楽をやめてしまうかもしれなかった。そのような時期にあって必要だったこと、それがもっとも長く共演してきたヒグチケイコとのデュオを、あらためて形にする行為だったのではないかと思う。それはやり残したことだったのかもしれないし、しておきたい唯一のことだったのかもしれないし、そうすることでたしかめられる未来の予想図だったのかもしれない。アルバムのような形で音楽を残すことにかならずしも積極的ではない森重が、みずからエンジニア役を買って出て制作された本盤は、そのような極私的な場所で、あまり聴き手に顧慮することなく、それだけになおいっそう、これ以上なく切りつめたみずからの形を刻印するものとしておこなわれた。

 声であり、同時に、さわりであるようなサウンドをつむぎ出すふたつのものは、音を接近させることなく、それぞれがそれぞれのしかたでそこに存在するだけで、たとえ音を出さない瞬間でさえも、(沈黙ではなく)形にならない “あわい” を生み出していく。そのようにしてあるもの、即興的な対話にかわる存在の響きあいのようなものは、このデュオの場合、常日頃ヒグチケイコがいっているようなひとつの身体へ、すなわち、官能的なものへ、皮膚感覚的なものへとみずからを開いていく。音を構成しなくては音楽にならないという思いこみは破られ、まるで散らかしっぱなしの寝室のようなだらしなさのなかで、密かでもあれば淫靡でもある、解体されたままのサウンドの心地よさが、アルバムの全編にみなぎっている。観客という第三者のいるライヴでは、とてもこうした演奏はできないだろう。CDという媒体ならではの盲目性のなかで、薄暗さのなかで、音の “あわい” が織りあげられていく。ちなみにジャケット画はヒグチケイコによるもの。森重靖宗の写真とともに、視覚的にも “あわい” を形作っている。■




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2013年5月5日日曜日

黒田京子+森重靖宗@渋谷ドレス



黒田京子+森重靖宗
日時: 2013年5月4日(土)
会場: 東京/渋谷「ドレス dress」
(東京都渋谷区渋谷3-20-15 サエグサビル3F)
開場: 7:30p.m.、開演: 8:00p.m.
料金: ¥2,500+drink order
出演: 黒田京子(piano, voice) 森重靖宗(cello, voice)
予約・問合せ: TEL.03-3498-3440(dress)



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 伝統あるライヴハウスが軒を連ねる渋谷駅のハチ公口とは反対側、明治通りが走る東口を出て、東横線に沿って恵比寿方面に少しいくと、地面を谷のように深くえぐり、コンクリートで固めた護岸の底を流れる渋谷川の細流にぶつかる。この川沿いに密集して建つビル群のひとつで店を出すのが、この晩の会場となったワインバー「dress」である。三階にあるバーの背後は、切り立ったコンクリート谷の底に渋谷川をのぞみ、店を出た前の路地は、再開発のため、この3月31日をもって閉鎖された東急百貨店東横店の旧第一・第二検品所に面している。周囲の環境は、渋谷駅のすぐ近くでありながら、ストリート・グラフィティがいたるところに見られる殺伐たる街の雰囲気にあふれ、近隣住民の人通りはそれなりにあるものの、パトカーも巡回するような土地柄となっているようである。店内では、大きな円卓のバーセクションに隣接して、渋谷川サイドに張り出した空間が、アップライトピアノを置いたステージにあてられている。チェロ奏者は、ピアノ奏者の背中を横見しながら、なるべくステージ脇に立ち位置を寄せてセッションするという具合であった。ひとつだけ赤玉のはいった丸い六つの光玉を円形に組んだレトロな灯りが、天井からそのあたりをぼんやりと照らし出している。

 ピアノの黒田京子がチェロの森重靖宗と共演するのは、デュオではこれが三度目となり、他にヴァイオリンの喜多直毅を加えたトリオで一度セッションがおこなわれている。このところの共演は、活動再開後の森重が解禁したチェロ弾き語りの歌に、黒田がいたく惚れこんでのものであり、基本的に、森重が歌と即興演奏をイーヴンにあつかうライヴをすることはない。この晩の構成は、前半がデュオによる即興セッション、後半がそれぞれの弾き語りをソロで聴かせたあと、最後に、黒田が朗読した野口雨情の詩「悲しき恋」から発展させた短いデュオ演奏でしめくくった。演奏活動の最初期から、言葉・歌・声をインスピレーションの源のひとつにしてきた、黒田ならではのプログラムといえるだろう。チェロ弾き語りで森重が歌ったオリジナルソングは、「ある日のコンビニの風景」「あなたがほしい」「性欲と土下座」(歌にタイトルはつけられていない。これらはいずれも内容を要約する便宜的なもの)というおなじみの三曲。これに対して、黒田は楽曲にまつわる物語を演奏のなかで語りながら、幼年時代の写真に題材をとった「胸に一葉」と、谷川俊太郎の詩に曲をつけた「しぬまえにおじいさんがいったこと」を歌った。「地下室の歌」というべき森重の視線のリアリズムと、声によって原風景に呼びかける黒田のロマンチシズム。真逆の歌のぶつかりあいが印象的だった。

 森重靖宗の歌の世界は、語りものの世界といえるように思う。しかも昔あった出来事を語る古老のような、ニュートラルな語り手が登場するのではなく、私は、ある日あるとき、こんな出来事を見た、こんな出来事に遭遇したということを、ヤクザだとかコンビニ店員だとか、登場人物の声をまぜながら語る証言になっているため、演劇的な要素もたぶんに持ちあわせている。なんの変哲もない日常的なこと、大声で他人に言えない私的な感情、恥ずかしい欲望などが、歌が進行していくにしたがって、ある場所で、突如、日常性を逸脱してしまい、かなりやっかいな風景へと横滑りしていく。森重靖宗写真集『photographs』(2010年、パワーショベル)に見てとれるような微視的リアリズムに立脚しながら、そうした日常の薄皮を一枚めくってみれば、そこには地獄が広がっているというパラレルワールドが語られていくのである。かたや黒田京子の歌は、演劇的というよりも映像的なもので、メロディーの随所でハンス・アイスラーを彷彿とさせる作曲は、ある感情を絵筆にして描き出したような、にじみやぼかしのある原風景を立ちあげようとする。さまざまな声の記憶に対する彼女のこだわりは強く、「胸に一葉」では(家族の原風景に)何度も呼びかける声が登場し、また「しぬまえにおじいさんがいったこと」では、「ひらいたひらいた」「はないちもんめ」といった遊び歌(これもまた声の記憶)が引用された。引用というよりは、聴き手は歌のなかでそうした声に呼ばれることになるというべきだろう。

 第一部に集中した即興演奏は、私たちが常日頃そう呼んでいるような、インプロヴァイザー固有の即興語法を交換したり、ぶつけあったりするセッション的なものではなく、異質な感覚、あるいは異質な感性を持ったふたりの演奏家が、その場で共演者に半身をゆだね、即興的にひとつの音世界を編みあげていくものだった。デュオ演奏の冒頭、森重のチェロは、情感にあふれたラインをつねに出して、音色旋律的な要素のあるメロディーを歌いながらピアノの流れにからんでいく。かたや、黒田のピアノは、森重が出すラインを全面的に受け入れ、その周囲に、さまざまに変化する音環境を作りあげていく。森重のチェロ演奏がソロのように聴こえるのは、黒田が彼の演奏を即興語法としてではなく、ひとつの声として聴く演奏をしているからだろう。中間部で黒田が朗読した村上昭夫の詩「ある音について」に、今度は森重のチェロが寄り添い、浅く息をするようなノイズサウンドで音環境を作った。すなわち、デュオにおけるソロの交換は、ひとつの音楽形式のなかで受け渡しされる個性的なアドリブではなく、それぞれの異質な感覚・感性に、それぞれが寄り添う形でおこなわれたのである。森重のチェロ演奏がジャズ的なものに開かれ、黒田のピアノ演奏がノイズ的なものに開かれるという、このデュオならではのライヴだった。■

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2013年5月4日土曜日

木村 由: ひっそりかん II



木村由無音独舞公演
ひっそりかん II
日時: 2013年5月3日(金)
会場: 東京/明大前「キッド・アイラック・アート・ホール」
5F展示ギャラリー
(東京都世田谷区松原2-43-11)
出演: 木村 由(dance)
開場: 2:30p.m.,開演: 3:00p.m.
料金: ¥1,000



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 およそ半年間のインターバルをおいたあと、季節こそ違うが、場所も、時間帯もおなじ条件を選択して、自然光をテーマにした木村由の無音独舞公演「ひっそりかん」の第二回がおこなわれた。群れから離れ、静かに、たったひとりでここにいるという印象を与える、このいかにも木村らしいタイトルは、しかしながら、英語にするならたぶん silence ということになり、音楽にせよ演劇にせよ、「沈黙」に触れようとするすべての試みがそうであるように、表現にまつわるあれこれの約束事をできるかぎり捨てていった先でむきだしになるものを見てみたいという、過激な欲望を内に秘めているように思われる。木村の場合をいうなら、ダンスをダンスたらしめているもの、身体を身体たらしめているもの、私を私たらしめているものに直面しなければならなくなる、裸の空間に対する欲望といったらいいだろうか。木村のダンスには、つねに表現の余白にはみ出していくことを求めるところがあるが、「ひっそりかん」は、そうした欲望のハードコアが生きられる場所になっている。その意味では、「ひっそりかん」を照らし出す自然光は、私たちが「自然」という言葉に感じるやさしさとは裏腹に、彼女にとっても、また観客にとっても、いわばすべてを焼きつくす炎のようなものというふうにいえるかもしれない。

 小雨が降るあいにくの天気にみまわれた前回の公演では、淡い自然光のなかでダンスがおこなわれたのだが、今回は、念願の晴天に恵まれた。午後遅く、西に傾いていく太陽は、公演会場となった展示ギャラリーの大きなサッシ扉とは反対側に沈んでいく。サッシに直接日光があたることはないのだが、バルコニーからの展望を塞いでそびえ立つ向かいの力蔵ビルタワーパーキングの巨大な壁面が、強い西日を鏡のように反射して、すべての照明が落とされた会場内を、ときどき、まばゆいくらいの反射光で照らし出す。音がないこと、演奏がないことが特別なこととして感じられなかったのは、会場内を明るく、また暗く照らし出していたこの自然光が、サウンドのヴァイブレーションにかわる波動として感じられていたからだろう。木村のダンスは、光を全身に浴びながら、その波動のなかを泳ぐようにして、ゆっくりと進められていった。自前の投光器だろうと、自然光だろうと、光が作り出す瞬間的な<いま・ここ>との対話をダンスにしたてていく木村のスタイルは変わらない。木村由のダンスが美しいのは、身ぶりに対する抜群の形式感覚はもちろんのこと、こうした(影もそのなかに含む)光が見せるものに遡行していくこと、すなわち、見ること、見えてしまうことの出来事性を身体によってとらえようとしているからではなかろうか。

 公演会場となった明大前キッドの最上階にある展示ギャラリーは、展示スペースを確保するためだろう、前回工事中だった壁面が、四枚あるサッシ扉の両端の二枚をふさいで完成し、自然光の入ってくる窓が半分になっていた。サッシ扉のない上手の壁から、上手の壁と下手の壁の間に広がる暗闇へ、暗闇からサッシ扉のある下手の壁へ、光のなかへ、という大きなダンスの流れは、狭いこの会場では変えようがない。それは誰にでも共有できるシンプルな物語のようなものであり、光によって描き出された自然の流れとさえ感じられる。肩の大きくあいた白いワンピースのドレスは、前回を踏襲したもの(あるいは初回を引用したもの)だが、かたや、ふたつの壁が作る暗闇のなかに立つところからスタートした前回にくらべ、今回は、上手壁の前に背もたれのある木製の椅子を用意し、そのうえでの演技をスタート地点にした。最終地点は、いずれもサッシ扉を開いて外のベランダに出ていくというもの。全身を使って天の岩戸を開くようだった前回とくらべると、今回はサッシ扉を開くタイミングに選択があり、終演直前にとてもあっさりと、形だけのものとしておこなわれた。流れの自然さを破るものは、自然光そのものによって与えられた。木村がサッシ扉の前に立ったとき、強い西日が向かいの立体駐車場の壁面に反射して、室内をまばゆく照らし出したのである。まるで音楽がひときわ高く鳴り響くように。

 すべてを焼きつくす炎のような自然光が洗い清めた空間で、光に陰影されたダンサーの身体が、小さな身ぶりを少しずつ重ねながら、ゆっくりと、しかしとどまることなく形を変えつづけるアメーバのように動いていく。日常性と背中あわせになった非日常の空間。ささいな身ぶりの変化は、ひとつの表情を形作るところでとまることなく、いくつもの表情を、いわば “横断” しながら、つねに動きつづけているので、特定の意味を結ぶことがない。ビデオの誤作動のようにして、パフォーマンスに何回かはさみこまれたすばやい動作は、ゆっくりとした身体の動きに、観客の感覚が眠りこんでしまわないためのアクセントのようだった。そうしたなか、二枚の壁の間にできた薄暗がりに入る直前、ダンサーは座った姿勢から床に左半身を落としていき、そのまま背中を海老反りにすると、逆さになった顔を光のくる方向にさらした。ほとんど肩と頭だけで身体を支えるこの不自然な姿勢を、木村は数えきれないほどくりかえしてきたはずである。彼女のダンス公演でおなじみのこの身ぶりは、木村にとって、もしかすると彼女自身の分身として語られる「アスファルトの上で死んでいる鈴虫」の擬態なのかもしれない。ちゃぶ台に匹敵するような、すりきれることのない記憶の深い痕跡が、自然光のなかに、焼きつくされることなく浮かびあがっていた。■



  【関連記事|ひっそりかん】
   「木村 由: ひっそりかん」(2012-10-16)

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2013年4月28日日曜日

Bears' Factory vol.19 with 徳久ウィリアム



Bears' Factory vol.19
with 徳久ウィリアム
日時: 2013年4月27日(土)
会場: 東京/阿佐ヶ谷「ヴィオロン」
(東京都杉並区阿佐谷北2-9-5)
開場: 7:00p.m.,開演: 7:30p.m.
料金: ¥1,000(飲物付)
出演: 徳久ウィリアム(voice)
高原朝彦(10string guitar) 池上秀夫(contrabass)
問合せ: TEL.03-3336-6414(ヴィオロン)



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 本シリーズには二度目の出演となるヴォイスの徳久ウィリアムを迎えた第19回ベアーズ・ファクトリーは、<Annex>シリーズの第9回(2012年11月14日)で手あわせした古池寿浩との共演をうわまわる微弱音の即興セッションとなった。周知のように、即興ヴォイスでは、多彩なヴォキャブラリーを誇る徳久だが、ここではオリジナルな即興イディオムによる対話的アプローチを捨て、口腔で作り出される微弱なノイズだけを使用しながら、どんな音楽形式にも依拠しないアンフォルメルな演奏をおこなった。もともと学究的な資質を持った演奏家である徳久の公演やワークショップは、声の諸相を探究するものとして展開されているように思われるが、彼の即興即興も、そのときどきの感興にまかせたり、自己表現にこだわったり、感情解放を求めたりするようなものではなく、ピアノの新井陽子がそうであるように、あくまでも方法論的なものとしておこなわれているように感じられる。事前の音楽的な話しあいを持たないベアーズ公演では、トリオで方法論を共有するということはないが、ゲスト奏者の音楽をフォローし、かつ拡大することが暗黙の合意になっていることから、この晩のセッションでも、徳久の提案を受け入れた演奏が展開されることとなった。

 サウンド・インプロヴィゼーションという総称に対して、響きの特徴をとらえてそう呼ばれる「弱音」「微弱音」の演奏スタイルは、周知のように、ある種の即興批判からスタートしたものであり、「音響」と呼ばれる認識の地平を前提に、作曲であれ即興であれ、ここで徳久がしたような方法論的なものを含んだ音楽運動としておこなわれてきたし、いまもおこなわれている。ベアーズの演奏にそうした実験性はないので、セッションが微弱音に傾くような演奏では、いつもおなじことが起きるように思われる。第9回<Annex>公演のレポートから引用すると、「高原朝彦も池上秀夫も、楽器をノイズ発生装置にしてしまうほどサウンドを偏愛するプレイヤーであり、音響ということでは古池と共通点を持ちながらも、演奏姿勢においては真逆のありかたをしている」というような点のことだ。すなわち、本セッションにおいて、口腔ノイズを採用した徳久ウィリアムは、さまざまな伝統音楽やポピュラー音楽の歌唱法を一般化することで獲得した豊富な即興ヴォキャブラリーを放棄し、アンフォルメルな演奏を徹底したといえるのに対し、ベアーズの演奏は、あくまでも即興語彙をヴァリエーション化していく地平でおこなわれているということである。

 会場となった阿佐ヶ谷ヴィオロンでは、10弦ギターの高原朝彦がオーディオセット前の椅子に座り、着座したまま演奏する彼を両脇からはさみこむような格好で、下手側の土間にはコントラバスの池上秀夫が、上手側の土間には徳久ウィリアムが立った。ふたりはにらみ合うように対峙し、まるで先に音を出したほうが負けというルールでもあるかのように、共演者の一挙手一投足を注視する剣豪勝負の雰囲気をかもしだしていた。しかし「動く」といっても、徳久がすることといえば、卓上に置かれたペットボトルの水を口に含み、手で口を被いながら、うがいをするようにして音をさせるといったようなことである。実験的試行ということでいうなら、もちろん現在は、微弱音の演奏が、習慣化された私たちの音楽聴取を根底からゆるがすというような段階にはない。また演奏される音が小さいため、周囲をとりまく環境から、人の声やいろいろなノイズが聴こえてくるというケージ的な発見も、もはや環境音趣味のようなクリシェにしかならないだろう。池上と徳久のにらみ合いは、おそらく事情に通じていない観客の誤解を防ぐため、演奏らしい演奏のないセッションが、それにもかかわらず真剣勝負の場であることを保証するものとしてあったと考えるべきなのだろうが、それにしても、この種のインプロヴィゼーションにおいては初めてお目にかかるような不思議な光景であった。

 多様化の一途をたどる即興演奏のなかにまぎれて見えにくくなっているが、音響によるアンフォルメルなものの提示は、結局のところ、聴取のありようを変える(少なくとも、制度的な聴き方に疑問を持たせる)とともに、演奏家自身にはねかえって、楽器や演奏に対する態度変更もうながすことになった。もちろんすべての演奏家がそうしたわけではないし、態度変更のありようも人によってさまざまだ。しかしたとえば、特殊奏法をさらに逸脱して、ある楽器をその楽器らしくなく弾くなどというのは、演奏家の身体と楽器の関係をいったん切り離すことにつながり、音楽において演奏家の身体(の痕跡)そのものを消すことになると思われる。このような流れのなかに池上秀夫の演奏をおいてみれば、その特徴がいっそう明確になるだろう。すなわち、音響アプローチにおいて断片的なサウンドをあつかう池上は、その一方で、プレイヤーと楽器の強い結びつきを示すような身体的突出をみせる。剣豪勝負における剣豪と剣の関係は、ほとんど分身といってもいいようなものだが、ベアーズのふたりにとっての楽器もそのようなものとしてあり、音響による態度変更を経ない演奏は、あくまで即興語彙のヴァリエーションとしておこなわれている。この間の事情が、ベアーズ公演では、前代未聞の剣豪勝負の図として立ちあらわれることになったのではないだろうか。■





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2013年4月21日日曜日

ジェローム・フーケ+松本健一@吉祥寺ズミ



ジェローム・フーケ+松本健一
Jérôme Fouquet & Ken-ichi Matsumoto
日時: 2013年4月20日(土)
会場: 吉祥寺「サウンド・カフェ・ズミ」
(東京都武蔵野市御殿山 1-2-3 キヨノビル7F)
開場: 6:30p.m.、開演: 7:00p.m.~
料金: ¥2,800(飲物付)
出演: ジェローム・フーケ(trumpet) 松本健一(sax, 尺八)
岩見継吾(contrabass)
問合せ: TEL.0422-72-7822(サウンド・カフェ・ズミ)



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 4月12日(金)から5月4日(土)にかけて、東京、横浜、大阪、京都各地のライヴハウスをめぐり、ほぼ毎日演奏するという過密なスケジュールを組んだトランペット奏者ジェローム・フーケだが、そのなかで、吉祥寺ズミでは、サックス/尺八の松本健一とのデュオ・セッションがおこなわれた。第二部では、数日前、八丁堀の「七針」で共演したコントラバスの岩見継吾がかけつけ、飛び入りでトリオ演奏を聴かせた。パリ在住のフーケは過去に何度も来日しているので、ジャンニ・ジェッビアやユーグ・ヴァンサンとならび、日本のライヴシーンではすでにおなじみの顔となっている。海外の演奏家といっても、今日では、見知らぬ場所から異文化を運んでくる異形の人といったニュアンスはなく、彼らの演奏からは、ヨーロッパの即興界も、日本とおなじような状況にあるらしいことが漠然と伝わってくる。「即興演奏のパラダイムシフト」として喧伝された音響的試行が、ブーム的な盛りあがりをみせた一時期を経過してから、この傾向はますます加速したように思われる。「世界」というのが大袈裟ならば、少なくとも、伝統的に即興演奏が聴かれてきたような地域においては、音楽の均質化がかなりの程度進行したということだろう。

 こうした文化状況にもかかわらず、音楽的な出来事が、なおも出来事であるためには、やはり外部からやってくる圧倒的なものが必要であることに変わりはない。ここに即興演奏のような、これまで逸脱的、越境的な身ぶりに価値を見いだしてきた音楽を聴こうとするときの困難がある。たとえば、千野秀一や藤井郷子/田村夏樹といったミュージシャンがベルリンに移住するのは、演奏活動に便利だからという以上のなにものでもない。そこに出来事はないといえるだろう。一般的には、グローバリゼーションの時代に、もうそうした世界の余白はないといわれている。あるのは「内破」といわれるようなもの、すなわち、「パラダイム」となる大枠を動かさずにおこなわれるあれこれのマイナーチェンジが、私たちに残されたすべてというわけである。たしかに音のあらわれが洗練度と複雑さを増していくなか、音楽はひたすら(内側に)拡散的な動きをくりかえすばかりで、八幡の薮知らず状態のなか、すでに出発点も到達点も見失われているように思われる。私たちが自分の周囲に視線を落として「生活」と呼んでいるようなものは、もしかしたら、こうした状況そのもののことかもしれない。その危険性はけっして小さくない。こうした音楽環境のなかで、演奏家たちは、いまも自分に可能な選択をしていくことになるだろう。

 フーケと松本のデュオ演奏もそのようなものとしてあった。音響派ブームの時代、それとは距離を置きながらも、いまからみれば同時代的試行というしかないようなありようで、南仏に住むミッシェル・ドネダなどが、サックスの領域において気息の演奏を切り開いた。この奏法が、ふたりの演奏においても換骨奪胎され、語法のひとつとして取り入れられることで、伝統的なフレーズによる即興演奏が、より微分的な響きを交換する演奏へと変容している。このデュオの場合、サウンド・インプロヴィゼーションというより、ジャズなどによって培われたフレーズの、さらなる細分化を中心にした即興というべきだろうが、いずれにしても演奏内容はより細かなものとなっており、そこに伝統的な即興語法の組み替え(内破)が起こっていることが想像される。感情の解放や爆発は抑制され、一貫して静かな演奏ならびにアンサンブルが展開していく。クライマックスに向かって盛りあがっていく物語構造をもたない演奏は、ひとつひとつの音の肌理を際立たせながら進行していくものであるため、演奏の持続には、プレイヤーも聴き手も、かなりの精神的な集中が求められる。この意味では、第二部で飛び入りした岩見継吾とのトリオ演奏は、ジャズ演奏に傾くことで、こうしたデュオの緊張感をいっきに解放するようなものとなった。前後半を通してみれば、デュオのありようを崩すことなく、集中から解放へと、大きな流れが形作られたと思う。

 デュオ演奏でとくに興味深かったのは、松本がテナーサックスを吹いた前半のセットが、かなりの精神集中を求められるものだったのと対照的に、尺八を吹いた後半冒頭の演奏が、なぜかリラックスした自然さのなかで聴けたことだった。前半と音楽の内容が変わっていたわけではない。楽器が違うだけである。私が日本人だからということも理由にはなりそうにない。というのも、私の人生では、尺八などよりはるかにサックス演奏を聴く機会のほうが多かったからだ。この違いはおそらく、松本が尺八の特殊奏法をいろいろと工夫していくなかで、サックスでそれをするときのようには自由に音がつなげられず、どうしても演奏と演奏の間に隙間ができてしまうことが、聴き手の耳には、逆に、一定の自由度を与えることになったと思われる。フーケがトランペットで尺八のような音色と息のタイミングを出そうとした方向性(かつてネッド・ローゼンバーグが体系的にこのやり方をとっていた)より、松本が意識しているかどうかはわからないものの、まさにドネダ的な気息の演奏を、尺八の吹奏という一種の “ずらし” を加えながら、独自のカラフルなサウンドをもって拡大していく結果になっているのではないだろうか。デュオの語らいのなかで、ふたりはすぐれて現代的な即興演奏を展開したといえるだろう。■





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(2013-04-14)     

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