2013年3月20日水曜日

風巻 隆: ソロ・パカッション in 銀座 Steps Gallery



風巻 隆: ソロ・パカッション
KAZAMAKI Takashi: SOLO PERCUSSION
日時: 2013年3月19日(火)
開場: 7:30p.m.、開演: 8:00p.m.
会場: 東京/銀座「ステップスギャラリー Steps Gallery」
(東京都中央区銀座4-4-13 琉映ビル 5F)
料金/前売予約: ¥2,500、当日: ¥3,000(飲物付)
出演: 風巻 隆(perc)
予約・問合せ: TEL.03-6228-6195(Steps Gallery)



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 201110月、ネオン管の作品で知られる倉重光則の個展で幕開けしたステップスギャラリー(代表:吉岡まさみ)は、銀座四丁目にある琉映ビルの5階に居を構える、現代美術専門の小さな画廊である。エレベーター設備がなく、利用者が階段を徒歩で登らなくてはならないため、「ステップス」の名前がついたらしい。画廊の出発時、その誕生を祝して屋外のテラスに倉重の大きなネオン管作品が展示されたときには、管理上危険という理由で、四日間で撤去を求められたエピソードを持っている。白い壁に四方を囲まれた天井の低いこの画廊で、風巻隆の打楽ソロ公演が開催された。ところ変われば品変わるということで、この日の風巻は、ライトのかげんで白く、またクリーム色にも見える大きなマットを部屋の中央に広げ、そのうえに大小の打楽器やバケツのような日用品を並べていった。楽器が置かれる方向はまちまちで、聴き手も、このマットをぐるりと取り囲んで着席する。結果的にではあるが、誰も座らなかった画廊オフィス側の壁が、ステージ裏のような雰囲気になった。画廊オフィス側にはビルの窓があり、屋外テラスがあるということから、自然に選択されたこの方向感覚は、ほとんど生物的なものだったように思われる。

 周知のように、風巻の古巣である名大前キッドアイラックでは、強烈な打楽が天井の高い空間に反響して、ソロ演奏においても、大きなパカッション・ワールドが描き出されることになるが、演奏者がほとんど目の前にいる小さな画廊では、音の響きがダイレクトに聴き手に届くため、音は皮膚に直接ぶつかる粒のような感じ(実際に、はじけとぶ小物楽器が足もとに転がってきた)となり、風巻打楽の特徴をなす倍音も、その細部の変化までが際立つこととなった。休憩なしでおこなわれた一時間弱のパフォーマンスは、ひとつひとつの楽器と対面しながら、同時に出される異質なサウンドを即興的にアンサンブルさせていく「小品集」という、風巻パカッションではおなじみのものだった。小品集に番号を付しながら、演奏の経緯に触れてみることにしよう。(1)マット中央に立ち、両手に持ったマラカスを激しくふる。リズムを出すのではなく、マラカスのなかの穀類が楽器の内壁にあたる軽やかな音を聴く、風巻が常用する導入部の演奏である。準備体操の雰囲気なのだが、人の声が聴こえてきたという、演奏後の聴き手の感想が印象的だった。(2)今回の公演では、もっとも大きな楽器となったコギリをカウベルでたたく。コギリ専用の木製バチも用意されていたのだが、おそらくサウンドの複合性を狙ってだろう、演奏では頻繁に木製・鉄製のカウベルが使用される。

 (3)コギリと正反対の方向を向き、腰を落として前屈みになり、伏せたバケツのうえに裏返しに乗せたシンバルをスティックでたたく。バケツを利用するのはオリジナルだが、こうしたシンバルの利用は、いまでは数多くの打楽器奏者が採用している演奏方法である。(4)向きを少しだけ右側に移し、マット中央に座ると、足の間にはさんだ小型の太鼓を浮かせながらスティックでたたく。足で太鼓面の向きを変えたり、床から持ちあげたりして音色を変化させる。見たことのないスタイルの演奏だったが、内容的にはもっとも風巻らしいドラミングだった。そして(5)前もって「新楽器」と触れこみのあった “Naked Toy Piano” の演奏。お土産もののミニガムランとトイピアノを組みあわせた楽器だったが、オモチャをいたずらに演奏している感じで、想像していたより斬新な音が出ない。途中からマレットを二本右手に持ち、あいた左手にスティックを持ち、トイピアノを乗せた胴長バケツを、右手と同時にたたいて音を出す演奏に変えた。メロディアスな演奏。ここまでの演奏で、風巻が時計回りに「正面」方向を移動させながら演奏しているのがわかる。マット中央でマラカスをふるのを導入部に、コギリの演奏から時計回りにまわっていき、ふたたびコギリまで戻ってくるという順番(あるいは「物語」)になっているのである。

 “Naked Toy Piano” 以降は、バケツが大活躍する演奏となる。簡単に経過を記してみよう。(6)正座してバケツの底をふたつの木製ベルでたたいたりこすったりする。(7)バケツの底をこすりながら立ちあがり、胸前でバケツを縦に構えて木製ベルでこする。(8)再度マット上に正座し、今度はひとつの木製ベルを両手で持ちながらバケツの底をこする。(9)小型の太鼓を木製ベルとスティックの組あわせでたたく。(10)バケツのなかに道具や手拭いなどを入れ、ガラガラとかきまわしたり、ゆすってなかのものを飛び出させたりする。なかのものがなくなると、新しく小物の音具を入れる。最後に二本のフォークが残る。(11)バケツをガシャガシャいわせながら立ちあがり、右手にバチを持ってコギリをたたく。サウンド・コンビネーションの演奏。バケツをコギリに打ちつけたりもする。ここまでで演奏が一巡した。冒頭のマラカスを別にすると、一回転を10のシークエンスで構成したことになるだろう。この後は、冒頭のマラカスに対応するエピローグの部分となり、(12)胴長バケツを肩からかけて、左右にふりながら胴をマレットでたたくパフォーマティヴな演奏に移行した。

 ここで予想外のアクシデントが起きて、演奏者をあわてさせることになる。演奏の途中で、バケツを肩にかけていたひもが切れたのだ。機敏に肩ひもをおさえたので、バケツが床に落下することはなかったが、なんとか演奏しながら胴長バケツをマットのうえに降ろすと、そのままグルグルと回転させつつ、あたりに散らばる小物類を蹴散らして、マットのうえを円を描きながら動かしていくという、演奏というか、パフォーマンスというか、不思議な行為におよんだ。さすがの風巻も焦ったとみえて、リズムが走ったり、調子が狂ったりしていたが、それでもとっさの機転をきかせて、そこまでの演奏を通して自分が描いた円を、今度はバケツにたどらせることになった。突破事故によって、準備されたエピローグは、本番の演奏を反復する回転運動へと、予期せぬ発展をしてしまったが、最後には、マット中央に胴長バケツを置いて終了した。出来事を「起こす」というのではなく「呼び寄せる」こと、こちらから「飛びこんでいく」のではなく「待つ」ということが、この日マットのうえに広げられた楽器群の構成から透けて見えてくる。突発事故の起きやすい楽器構成そのものが、風巻の音楽や生き方の根幹にあるものの表現になっているのである。

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