2013年3月26日火曜日

【CD】藤井郷子MA-DO: Time Stands Still



藤井郷子MA-DO
SATOKO FUJII MA-DO
『Time Stands Still』
Not Two|MW897-2|CD
曲目: 1. Fortitude (9:30)、2. North Wind And The Sun (10:32)
3. Time Flies (6:58)、4. Rolling Around (2:55)
5. Set The Clock Back (5:21)、6. Broken Time (9:41)
7. Time Stands Still (7:31)
演奏: 田村夏樹(trumpet)、藤井郷子(piano, composition)
是安則克(bass)、堀越 彰(drums)
録音: 2011年6月22日
場所: ニューヨーク
発売: 2013年3月31日



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 一昨年、ベーシスト是安則克(1954126-2011923日)が56歳の若さで他界した。多くの音楽仲間がその死を惜しみ、彼を追悼するアルバムがすでに何枚もリリースされているが、先に個人レーベル<Libra>から、田村夏樹の率いるガトーリブレ第5弾『Forever』(2011914日録音)がリリースされたのに引きつづき、今度は、藤井郷子がリーダーを務める “Ma-Do” の第3弾『Time Stands Still』(2011622日録音)が、ポーランドのレーベル<Not Two>からリリースされる運びとなった。コンビを組んで活動している田村夏樹と藤井郷子であるが、リーダーを交代してそれぞれの音楽性を前面に出したグループのどちらにも参加していた是安則克が、彼らとどれほど深い音楽的な関わりを持っていたかは想像にかたくない。ふたりはいま東京とベルリンの双方に拠点を持ち、日本とドイツを往復しながら演奏活動をしているが、日本よりもヨーロッパのほうが仕事が多いという事情から、現在では、ベルリン滞在が長くなっているとのことであった。早くには高瀬アキが、引きつづいては千野秀一が、そして最近ではリブラ・コンビがベルリンに拠点を移しつつあるところから、彼の地が国際的にミュージシャンの集まる都市であることや、日本では一過性のブームだった感のある音響的試行が、いまも持続しているといったニュースも飛びこんできている。

 田村夏樹のガトーリブレが、「淡々と。盛り上がらなくていい。切ない。少し不思議」という音楽コンセプトでメンバーを人選し、アコーディオンなどの構成楽器を選択しているのにくらべ、藤井郷子の “Ma-Do” は、彼女がリーダーとなった他のグループ同様、そこに集まる個性的な演奏家たちが、複雑に書かれた彼女の作品を、作曲家の予想を越えて(裏切って)どんなふうに音楽化してみせるのかという点に、想像力のすべてがかけられている。グループに作品を提供する藤井には、そこでおこなわれた即興演奏を全面的に受け入れる用意があるようだが、即興演奏の背景をなしている音楽性についていうなら、ガトーリブレ” の目指しているのがオーラルな音楽(あるいは音楽のアウラの追究)であるのと対照的に、“Ma-Do” が目指しているのはエクリチュールの音楽(あるいは、最終的に楽譜や音盤に書きこまれる書記音楽)ではないかと思う。こうしてみると、本盤でも聴くことのできる息や声を多用する田村の演奏スタイルは、保守的なジャズファンの予想を裏切るための戦略というよりは、オーラル性を全身に帯びたサウンドだからだということがわかる。前衛と伝統を架橋した20世紀ジャズは、おそらくこの両方の要素があって世界的に広がり、発展していったものといえるのだろうが、それがリブラ・コンビにそのまま体現されているのを聴くのは、いまさらながらではあるが、とても興味深い。

 カルテット “Ma-Do” は、200710月に結成されて以来、何度となく海外公演をおこなっているが、本盤に収録されたのは、20116月に組まれた合衆国ツアーの最中におこなわれたニューヨーク録音で、是安にとっては、最晩年の演奏のひとつということになる。追悼文として書かれた藤井のライナーには、録音当時の “Ma-Do” 事情やレコーディングのエピソードなどが記されている。グループの屋台骨をがっちりと支える是安の演奏は、各所でフィーチャーされるソロ演奏で、サウンドに対する神経の細やかさや、音に深く沈みこんでいくときの哀しげな(あるいはセンチメンタルな)表情をのぞかせている。アルバムの冒頭に、アグレッシヴな是安のソロからスタートする「Fortitude」を置く一方、末尾には、情感にあふれたアルコ伴奏が藤井のソロにぴったりと寄り添う印象的なタイトル曲「Time Stands Still」を配した本盤は、ベーシストを追悼する構成をとりながら、演奏がたるんだり停滞したりする部分のない、まさに上り調子にあったカルテットの演奏を収めたものである。音楽的な意味でも、人生の一時期をともに過ごした友の記憶を刻みつけるという意味でも、まさしく、「時間よとまれ」と呼びかけたくなる白熱した瞬間を、永遠にとどめた作品といえるだろう。

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