ヒグチケイコ
『花弁のように儚い』
Keiko Higuchi: Ephemeral as Petals
Utech Records|URCD-035|CD
曲目: 1. Sister (5:35)、2. Another Man / ただの男 (4:32)
3. How Deep is The Ocean (8:01)、4. The Impossible (4:44)
5. My Funny Valentine (4:25)、6. みだれ髪 (6:27)
7. 窒息しそうな夜 / Too Much to Say Goodbye (2:46)
演奏: ヒグチケイコ(piano, vocals)
Cristiano Luciani(drums, cymbals, synthesizer on track 1)
川口雅巳(guitar on tracks 2 and 6)HIKO(drums on tracks 2 and 4)
録音: 2012年(「Sister」のみ 2010年/2011年)
絵画: 宮西計三 写真: 森重靖宗
デザイン: Keith Utech
発売: 2013年3月23日
♬♬♬
不可能性に手をさしのべる、愛が
下のほうを走りまわるとき、私たちの皮膚のした、
いたるところを、根茎のように。
ふたりは影のようなものかもしれない。
感じてほしい。
彼らはすでにそこにいる。
それこそが儚くも忘れさられる理由なのだ。
『ラブホテル』(2008年)以来5年ぶりとなるヒグチケイコのソロアルバム第二弾『花弁のように儚い』が、アメリカのユーテック・レコードからリリースされた。ほとんどが東京で録音されたものだが、冒頭の「Sister」のみ、欧州ツアーの際にローマで収録(2010年10月29日「La Jetee」でのライヴ)された演奏に、共演者であるクリスチアーノ・ルツィアーニがポストプロダクトを加えた楽曲となっている。この他にも、『ラブホテル』発売の年の暮れに荻窪ベルベットサンでおこなわれた発売記念ライヴが、DVD-R『(the second) LOVE HOTEL』としてリリースされており、ヒグチのこの時期のパフォーマンスを映像によって知ることができるが、こちらが内容的にCDと近似していることをふまえると、新曲を揃えた新譜『花弁のように儚い』こそが「第二弾」と呼ぶにふさわしいアルバムといえるだろう。新作では、ギターの川口雅巳やドラムのHIKOが楽曲に参加して花を添えている。みずからの声をループしながら歌うヒグチのスタイルはいまも変わっていないが、さらに多彩なゲスト奏者を迎えた本盤では、ループの使用がみずからの内面を深くえぐっていた前作とは、また違った側面にスポットをあてる作品集になった。
楽曲によってはかろうじてという場合もあるが、それでも原曲の形をなにがしかとどめながら、そこにまったく別の感情を乗せていくヒグチケイコの歌とピアノが、ライヴごと即興的に演奏されていくように、川口雅巳やHIKOの演奏もまた、楽曲の味つけのようなものとしてではなく、即興的に、いわばもうひとつのヴォイスとして演奏に参加している。原曲を彩っていた感情は、ヒグチの声によって新たな色と形を与えられることで、「My Funny Valentine」のようなスタンダード曲や「みだれ髪」のような歌謡曲が、それまで予想すらしていなかったもうひとつの感情を宿しはじめる。その声のさまは、パセティックでありながらどこかデモーニッシュ、泣きながら歌っている魔女のようで、その歌を聴いた誰もがディアマンダ・ガラスを連想するように、呪術的な色彩にあふれたものとなっている。「呪術的」というのはおだやかではないが、もちろんこれは、誰彼を呪うという意味ではない。周知のように、通常の歌では、声は歌詞やメロディーを正確にトレースしていく(解釈していく)が、ヒグチの声は、それらをはみ出してしまうような(圧倒的な)身体性を獲得しようとしているということなのである。その結果、彼女ならではの声の身体性が言葉に働きかけて、まるで歌のなかから内臓をつかみ出してくるかのように、新たな感情を呼び起こすこととなる。本盤に収められているのは、歌という収まりのいいものではなく、「花弁のように儚い」ものをめぐる、声と言葉の闘争というべきものである。■
※冒頭の詩文は、ジャケット内にある英語詩の拙訳です。
本盤は、ヒグチケイコのライヴでの手売りや
下記のレーベルサイトの通販などで入手可能。
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