2024年11月25日月曜日

押し寄せる緑の竹群と真紅の蠢き──横田 恵『蠢 UGO』@多摩特別緑地保全地区 竹林

横田 恵

『蠢 UGO

多摩特別緑地保全地区の竹林で踊る

令和6年度 現代舞踊新進芸術家育成プロジェクト4

「アウトリーチプロジェクト」



木々が葉を落とす秋、竹は春を迎える。

竹林──たくさんの竹が並ぶ林のようでいて、

実はひとつながりの生命体。

土の中ではうごめくように地下茎をめぐらせ、

地上では青々としなやかな肢体を天へとのばす。

その息づかいに呼応するように、林の中をただよう。



出演: 石丸麻子、岩本大紀(山海塾)、川村真奈(ワカバコーヒー)

杉山佳乃子、髙宮 梢、細川麻実子、吉野文裕(舞踏 天空揺籃)

若羽幸平(ワカバコーヒー)、横田 恵(企画・制作)


音: 桐山桂吾(ベースギター)、田中悠字吾(シタール)


日時:2024年11月24日(日)

(午前)開場: 11:15a.m./11:30a.m.

(午後)開演: 14:15p.m./14:30p.m.

会場: 多摩特別緑地保全地区内 竹林

料金: 入場無料


企画・構成・制作: 横田 恵

サウンド・ディレクション: 桐山桂吾

衣装: TACO

記録映像: 梅若猶巴

記録写真: エリック・ペルティエ

受付・案内: 立花あさみ、長尾卓也、小林柊

立花史奈、イトカズナナエ

主催: (一社)現代舞踊協会

協力: 多摩緑地保全地区こもれびの会

助成: 文化庁文化芸術振興費助成金

(舞台芸術等総合支援事業|芸術家等人材育成)

独立行政法人日本芸術文化振興会




 小田急線の「読売ランド前駅」から段々に登る急坂を読売ランド口へと抜ける自然公園内の遊歩道を、どちらからたどっても「蠢UGO」の標識が出ている看板に導かれて歩いていくと、ちょうど山道の中頃に、斜面いっぱいに孟宗竹が林立する景観が開けてくる。一帯は緑地保全地区として指定管理され、駅側の麓に茶屋はあっても、日ごろは観光客などが足を踏み入れることのできない場所とあって、人の目にならされていない野生味を帯びた生態系のたたずまいを持っている。山道から少しあがった脇道に、古びた木戸で区切られた区域があり、開場時間が来ると、その内側にたむろするスタッフが受付に立ち、公演場所になっている竹林への案内をしてくれる。一帯を埋める竹林は、さらに遊歩道で上竹林と下竹林に分断されていて、小山を回遊する遊歩道の中頃には、憩いのためにデッキ付きの小さな休憩所が設置されている。ダンサーが上竹林から下竹林へと移動しながら踊るパフォーマンスの全体は、周囲がすべて傾斜面であるところから、平面を確保したこのデッキから観劇するのがベストと推奨される。孟宗竹は傾斜面に対して斜めに突き刺さったように生育しており、高所に茂った葉叢は風にゆれ、気持ちよく晴れわたったこんな日でも、初冬の寒さのなか、地面に葉影を投げてジワっと湿った空気を保っている。開演時間が迫ってくるにつれ観客はその数を増し、上下竹林を分ける遊歩道には人々の一列ができた。撮影器具を手にしたスタッフの間に、子供連れの家族が立ち混じる。雰囲気に気圧されたのか、子供たちは泣き声を立てるでもなく静かに過ごしていた。開演時間をやや過ぎたあたりで、受付のある方向から真紅の衣装を着たダンサーたちが三々五々姿をあらわすと、上竹林の斜面を登り、ひとりひとりが孟宗竹に寄りつつ視界全体に(竹のようにして)林立するのだった。

 多摩特別緑地保全地区も「里山」というようである。「人里近くにある、生活に結びついた山や森林。薪や山菜の採取などに利用される。適度に人の手が入ることで生態系のつりあいがとれている地域をさし、山林に隣接する農地と集落を含めていうこともある。」(コトバンク)自然環境が居住地域と一体になっていたり、その一部を重ね合わせていたりするところから、自然/文化というような二項対立の概念ではなく、すべての生きとし生けるものが共棲する空間として生態系をとらえなおそうとするものだ。この対極にあるのが自然環境を「異界」として常民の空間から区別する柳田國男の近代的な自然観で、周知のごとく『遠野物語』の名作を生んだ。いささか口汚いが、「家畜化された自然」という言い方もできるだろう里山の思想は、日本文学のなかでは、むしろツルゲーネフのようなロシアの翻訳小説から影響を受けた国木田独歩の『武蔵野』(1989年)の系譜に属するもので、騒々しい都会生活を離れ、自然のなかで身体を取り戻しながら得られる「自由」こそを人の真実とするものである。その意味では、私たちの身体がそう簡単に文化伝統の外に出ることはなく、竹林でのダンスもまた、それと意識することなく明治文学の伝統をいまに引き継いでいるといえるだろう。さらに進んで現代的な視点から出来事を叙述しうるとしたら、ダンサーたちをこの竹林に招き寄せたものはなんなのか、ダンサーたちはなにを踊ることになったのかに視線を届かせることが必要となってくる。

 晴天に恵まれたこの日の午前/午後の2回おこなわれたダンスが通常のダンス公演と違っていた最大のポイントは、すべてが傾斜面で踊られたことである。ダンサーにとっては観客や観客席の位置に関係なく、注意していなくては落ちてしまう傾斜面の下方がつねに「前面」として働いたことだ。パフォーマンスを前面から観ようとすれば、観客はダンサーの移動とともに自身も上竹林から下竹林へと移動をつづけ、ダンサーの前面を受ける斜面下につねに出なくてはならない。タイトルの「蠢」を基本イメージにしたダンスの振付は、下竹林の底にたどり着いて群舞を構成したメンバー全員が、一塊の土塊のようにして一体的な蠢きを動きながらさらに傾斜面の底へと移動していく場面をクライマックスにするものだった。周囲に生い茂る竹林の緑と補色をなす衣装の赤は、まさしくこの最終場面における群舞の一体感をあらわすために不可欠のものだった。ダンスは竹のように林立する冒頭から、孟宗竹に触れたり、寄りかかったり、竹林のうえに開ける空を見あげたりする竹に絡んでの動きからはじまり、下竹林に移ってからは、デュオのコンタクトなど次第に身体的な接触へと移行、少しずつ群舞の人数を増しながら、数人が竹馬のように肩車をして竹につかまったり、一本の竹の周囲に集まってガサガサとゆすったりする場面をはさみながら、最終場面では群舞のダンスらしさを逸脱して、昆虫集団の蠢きのような、錯綜する孟宗竹の地下茎のような形象を描き出してみせた。本公演における自然との一体化は、私たちが自然に対して抱いている漠然としたイメージを介してではなく、まさしく身体の物質性を失うことなくおこなわれた。このことはいくら強調してもしすぎることはないだろう。その意味でいうなら、本パフォーマンスに舞踏家が参加していたことは、けっして偶然ではないように思われる。

(北里義之)

 

2024年11月23日土曜日

ポスト大駱駝艦のフェーズを切り開くワカバコーヒー──深谷正子: 動体観察 2daysシリーズ[第7回]2日目: 若羽幸平『dāna』

深谷正子 ダンスの犬 ALL IS FULL: 

動体観察 2daysシリーズ[第7回]



極私的ダンスシリーズ

深谷正子

陰謀のように打った寝返りをその2

日時:2024年11月22日(金)

開場: 6:30p.m.、開演: 7:00p.m.


ゲストダンサーシリーズ

若羽幸平

『dāna

助手: 川村真奈、渡邉 茜

日時:2024年11月23日(土)

開場: 3:30p.m.、開演: 4:00p.m.


会場: 六本木ストライプハウスギャラリー・スペースD

(東京都港区六本木5-10-33)

料金/各日: ¥3,500、両日: ¥5,000

照明: 玉内公一

音響: サエグサユキオ

舞台監督: 津田犬太郎

会場受付: 玉内集子、曽我類子、友井川由衣

写真提供: 平尾秀明

問合せ: 090-1661-8045




 海外にも名の通った日本の二大舞踏カンパニーである山海塾と大駱駝は、そこから新たな舞踏家を育成し世に送り出す教育機関としての役割も果たしている。少数精鋭の山海塾においてはダンスの様式美を、マルチチュードの集合体である大駱駝艦においてはカンパニーカラーである作品の演劇性をと、それぞれの遺伝子を後代に伝えながら、特に大駱駝艦では、吉祥寺にあるアトリエ「壺中天」(こちゅうてん)に毎回超満員の観客を集め、麿赤兒監修のもと、所属する若手舞踏手による(かならずしも大駱駝艦の舞踏観に従ったものではない)オリジナル作品の公演もおこなってきた。いまでは壺中天の作品を外に出して大駱駝艦という舞踏集合体のバラエティを世に問うという次の段階を迎えているが、ふりかえってみるなら、大駱駝、麿赤兒のブランド名を最大活用して若手を前面に押し出すなかで、「壺中天」の活動は、「ポスト大駱駝艦」と呼べるような領域を自身すでに切り拓いていたとみるべきだろう。非常に荒い分類になるが、大駱駝艦の輩出する若手舞踏家たちを、古風な暖簾分けの形で「大駱駝艦」の屋号を掲げ、観客の期待を裏切らない作風を受け継ぐ舞踏家たちと、教育機関としてのカンパニーを卒業し、独自のテーマと身体表現をもって新たな領域に舞踏を発見している(発見しようとしている)舞踏家たちとに大別することができる。そして単独者の群れとして活動をはじめている後者こそは、大駱駝艦がもっていた群舞ではない身体集合性、ハーモニーではなくポリフォニーとしての多声性=マルチチュード性を引き継ぐ水脈を形成していくことになるだろう。2020年に大駱駝から離れ、川村真奈(彼女も2年間大駱駝艦に所属した)とのデュオ作品『なにものにもなれなかったものたちへ』を制作、舞踏とコンテンポラリーを横断する振付が高く評価され、現在ワカバコーヒーを主宰してオリジナル作品を送り出している若羽幸平もまた、そうした若き舞踏家のひとりである。

 深谷正子が若羽を知ったのは、タップダンサーで場作りにも積極的に取り組んでいる米澤一平が登戸駅の高架下で主宰していた投げ銭セッション「ノボリトリート」に深谷が招かれた(2024年3月)ことによる。同じく「動体観察 2daysシリーズ」にゲスト出演しているダンサー伊藤荘太郎ともこのときのセッションで知己を得ており、いずれもストリートの通行性が開くダンスの新しいネットワークが本シリーズのゲスト出演につながっている。公演されたソロ作品『dāna』には、「助手」のクレジットで川村真奈と渡邉 茜──現在は、伊藤キムの作品に出演したり、山海塾若手舞踏家の岩本大紀が主宰する「伊邪那美」に所属して踊る──も名を連ねているが、作品構造に不可欠の重要な役割をふられており、舞踏を踊る若羽とモダンダンスを踊るふたりの女性が描き出す対照性の面白さというワカバコーヒーの作風ともども、実質的にはトリオ作品といえる内容となっている。

 公演は2 daysシリーズのスタッフを務める音響や照明なしに自前で用意した素材を使用、いくつかの場面から構成される全体の流れを演出しながら演劇的に展開した。

(1)公演冒頭は、暗転のなか、マッチの火のなかに女ふたりが顔を寄せる印象的な場面。

(2)マッチ売りの少女のようにして一本ずつマッチに火をつける渡邉が、暗闇のなかにぼんやりと照らし出すのは、墓場から引きずり出された死体のように無抵抗の若羽を全裸にし、寝かせたり座らせたりして川村が全身に白塗りを施していく一部始終。

(3)弱々しいマッチの炎はやがてロウソクのゆらめきに変わり、やや光度を増しつつ、若羽が白塗りされ腰に褌を巻かれるまでを照らし出す。

(4)死化粧のように見える白塗りを施され、がっくりとうなだれる若羽を両脇からはさんで正座する女たち。ロウソクは2本となり、女たちは屍体のまわりを飛びまわるふたつの人魂のように動きながら、若羽の手を引っ張ったり背後から抱えたりする。されるがままの若羽は、さながら捕らえられた河童のようでもあり、また小さな宇宙人のようでもあった。

(5)女性ふたりの動きは若羽を造形する作業であると同時に、リズミカルなデュオダンスにもなっていて、明かりをロウソクからさらに光量を増すスポットに持ち替えてからは、ときには女自身を照らし出して踊ったり、スポットをたくみに捌きながらポーズを決めるなど、ダンスであることがはっきりわかる動きが際立ってくる。

(6)されるがままになっていた若羽が少しずつ自分から動きはじめ、瞬間的にトリオのダンスになる場面を経てから、女性ダンサーふたりはホリゾントに控えて立つ。

(7)死体のようだった若羽に生命が宿り、肩を動かし、首をカクカクとし、上半身をまわして自ら動きはじめるソロの場面。立ちすわりをくりかえして立ったまではよかったが、褌の締めかたがじゅうぶんでなくすぐにほどけてくるので、ステージを走りジャンプしかけてはとまって下穿きを引きあげるという中途半端な場面となった。

(8)床に敷かれたシルク地の真紅の布にあぐらで座らされた若羽。胸に赤い紐を結び、頭にかんざしを挿す川村。男の前にロウソクを1本立て、ふたりの女はその両脇に正座をして一礼する。若羽がロウソクを両手でおおって消したところで終幕である。生と死をめぐる身体の物語を、時間を逆行させるようにして踊り、最後は捧げ物として場に供する「人身御供」の舞踏であった。

 個々の踊り手は意識していないかもしれないが、ポスト大駱駝艦のフェーズにおいて、カンパニーを離れて活動する舞踏家たちによってさまざまに探究されているのは、現代世界のどこに新しい舞踏を発見するかというテーマのように思われる。多彩な試みのひとつとして、イメージの多産性を特徴とする舞踏の側面を前面に出す方法をとりつつ、日本の民間に伝承される庶民文化、基層文化に触れながら、それを特定の地域性や場所性に結びつけるような身体を模索する動きがある。トリオによって描き出される舞踏儀式を作品の核にした『dāna』もまた、踊り手自身がその身体を「深谷正子への捧げ物」にしたと語ったように、「人身御供」という土地土地の禁忌にまつわる民俗誌の一端に触れることで、身体のリアル、場所のリアルを喚起したものといえるだろう。ポスト大駱駝艦のフェーズは、現代ダンスにおける高い創造性のひとつをなしている。

(北里義之)


深谷正子 ダンスの犬 ALL IS FULL: 

動体観察 2daysシリーズ

ベッドのうえの陰謀──深谷正子: 動体観察 2daysシリーズ[第7回]深谷正子ソロ『陰謀のように打った寝返りを』その2

 

深谷正子 ダンスの犬 ALL IS FULL: 

動体観察 2daysシリーズ[第7回]



極私的ダンスシリーズ

深谷正子

陰謀のように打った寝返りをその2

日時:2024年11月22日(金)

開場: 6:30p.m.、開演: 7:00p.m.


ゲストダンサーシリーズ

若羽幸平

『dāna

日時:2024年11月23日(土)

助手: 川村真奈、渡邉 茜

開場: 3:30p.m.、開演: 4:00p.m.


会場: 六本木ストライプハウスギャラリー・スペースD

(東京都港区六本木5-10-33)

料金/各日: ¥3,500、両日: ¥5,000

照明: 玉内公一

音響: サエグサユキオ

舞台監督: 津田犬太郎

会場受付: 玉内集子、曽我類子、友井川由衣

写真提供: 平尾秀明

問合せ: 090-1661-8045



 このところ公演のたびごとに演後のMCでいよいよ踊るネタがなくなった、苦しいとぼやいている深谷正子11月のソロダンスは、10月に公演された入射角がずれるその2が、2021年9月17日というコロナ禍まっただなかの時期、中野テルプシコールで初演された作品のリクリエーションであったのに引きつづき、さらに自身の公演歴を遡ること33年前、彼女自身「自分にとってもきわめて燃焼度の高いものになった」という強い印象を残した作品で1991年3月21日に池袋の文芸坐ル・ピリエで踊られたソロ・パフォーマンス『陰謀のように打った寝返りを』のリクリエーションが選ばれた。タイトルはこのあとも彼女の作品に影響を与えつづけた詩人・石原吉郎(1915-1977)の「寝返り」の一節からとられたもの。幸いなことに、初演バージョンには公演評(文責の記載なし)が残されており、ダンスの内容にまで踏みこんだ批評にはなっていないものの、「陰謀」と「寝返り」を直結するところからうかがえる日常性とアートの往還が、いまなお深谷のダンスの核にあるものを端的に語るものであったり、本公演とはまったく別バージョンといっていいような公演ながら、30代の深谷正子がどのような関心やスタイルでダンス/パフォーマンスを創作していたかがうかがわれる点で興味深い。

「暗い場内にプロジェクターからうつしだされる老女の顔。その映像を横切るかのように壁を向いて横たわる深谷。そこから、ゆっくりと動き出し、プロジェクターの周りを怯(おび)えるかのように歩き出す。プロジェクターからは、絶えまなく「駄菓子屋」「路上の猫」「廃墟」「海」といった映像が映し出される。その中をときには激しく、ときにはコミカルな動きを交え踊り続ける深谷。秋山武の音楽も、ときおり日常の騒音(走り抜けるトラックの音や、雑踏のざわめき)が効果的に使われていた。/それは日常の物語の中に、人の未来・過去・現在を時間の枠を超えて表現しようとする試みであるという。」(1991年6月、『月刊アトリエ NO.772』135頁)

 シアターアーツの空間に侵入してくるソロの身体性。映像撮影は誰がおこなったのだろう。深谷自身の目によるものか、はたまた写真家・玉内公一によるものか。いずれにせよ、音楽で使用されたサウンドの環境性ともども、その視線には私性がはっきりと影を落としており、映像でも彼女の身体感覚と結びつくような日常性がその一角を占めはじめていることが感じられる。生々しい感覚を通じて<いま・ここ>の身体に密着する現在の深谷だが、「パフォーマンス」と呼ばれた『陰謀のように打った寝返りを』初演時からは、さらに動体証明極私的ダンスの方向に身体表出を徹底させていった様子がうかがわれる貴重なテクストとなっている。

 本公演において「寝返り」は、詩の言葉によるイメージではなく、具体的な身体のさまをともなって出現している。<動体観察 2daysシリーズ>の文脈のなかでいうなら、先月のソロ公演入射角がずれるその2の最後の場面が、スプリングだけに剥かれたベッドマットのうえに横になり、ベッドから落ちないようにしながら右へ、左へと横転する「寝返り」の幕切れと正確に対応したものといえるだろう。ただし今回は、ホリゾント壁からステージの中央を貫く白い薄紙で波頭を織り出したような川流れが、最終場面でスプリングのないベッドのシーツを想像させ、ホリゾントに身を寄せたダンサーは、ベッドに横になる深谷を真上から見下ろす観客の視線を想定して、タテになりながら壁に沿っておこなう左右への横転を、(はっきり「寝返り」したとはわからないような繊細さで)ひとつの動きの動機のようにして踊ったのである。「陰謀のように打った寝返り」のようにして。むしろ前回の最後の場面こそが、石原吉郎の詩を連想させたように思われ、その意味でこれは連作というべきなのだろう。「寝返り」を通じて連結されたふたつの公演の最終場面は、深谷のダンスが絶えざる自己引用によって踊られていくものであることを雄弁に語るとともに、日々にくりかえされる日常的な行為の芸術性をも示唆するものとなっている。

 60分にわたるダンスの全体は、薄紙の川をたどってホリゾントから歩み出たダンサーが、ふたたびホリゾントへと帰っていくシンプルな構造をとっていて、意外かもしれないが、黒沢美香(故人)の代表作として知られる『Wave』(1986年)の歩行が持っている抽象性・即物性を骨格にしつつ(あるいは作品にオマージュを捧げつつ)、深谷の身体によって思い切り長く引き伸ばされた時間を踊るもののように感じられた。これまであまり意識しなかったが、ソロ・パフォーマンスにおいては黒沢美香もまた、深谷正子と違った意味においてだが、「極私的ダンス」の系譜をなす踊り手だったといえるのだろう。

(北里義之)


深谷正子 ダンスの犬 ALL IS FULL: 

動体観察 2daysシリーズ

2024年11月18日月曜日

ステージに存在を置く──シリーズ《踊り場》vol.Ⅲ@中野 STUDIO CYPRESS

 

踊り場vol.Ⅲ

中野 STUDIO CYPRESS



スタジオサイプレスに《踊り場》出現 !!!


アナタヲアナタ自身ニ委ネナサイ

アナタダケニ従イナサイ

「ツァラトゥストラより」


学校の階段と階段の中間にあったフラットな場…

不思議な開放感が生まれていた小さなアジール的広場…


なぜあの空間を《踊り場》と呼ぶのだろう ???



田山メイ子

少年骸骨 Ⅱ

朗読: 津田犬太郎


田辺知美

日々是々・ひびこれこれ…


関 雅子

痂痺(かひ)


武内靖彦

衰微窯


日時:2024年11月16日(土)

開場: 18:30、開演: 19:00

11月17日(日)

開場: 16:30、開演: 17:00

1日券: 3,000円、2日券: 5,000円

予約・問合せ: 090-9345-3540(田山)

会場: 中野スタジオサイプレス

(東京都中野区野方2-24-3)


企画監修: 田山メイ子

照明・音響・舞台監督: 早川誠司

写真撮影: 小杉朋子

宣伝美術: 77SUBERRY

協力: 横滑ナナ、日高明人




 中野の住宅街にある舞踏家のアトリエスタジオサイプレス。家主の武内靖彦が運営するこの「舞踏の家」を定期公演の会場にする田山メイ子主催の2デイズ舞踏シリーズ《踊り場》の第3回が開かれた。偶然にも《踊り場》の初日は、福岡在住の原田伸雄が主催する<舞踏青龍會>が会に所属する踊り手たちを引き連れて上京、日暮里の夕やけだんだんにある工房ムジカで一門の舞踏家をお披露目する「新人展」を開催していた。新人展を観劇に訪れた中野テルプシコールの大森政秀と原田は、ともに笠井叡の天使館で修行した笠井スクールの踊り手とあって、旧交を暖める雑談に花を咲かせていたが、《踊り場》の人選をしている田山メイ子もまた、天使館の出身であることに偶然でないものを感じた。かつて天使館では、弟子入りをしても手取り足取りの学習などはおこなわれず、弟子たちはほとんど放置状態で自ら踊っていたことを当事者たちは懐かしく語るが、そのようにしてレッスンの最初から「そこから先は独りでしか行けない」(大森)状態を課されるというのは、あれこれのダンスの技術よりも踊り手の生き方そのものを形作るような、即興する身体の獲得に通じていたように想像される。一時期は笠井の「アポロンのダンス」に対してディオニュソス・ダンスを名乗っていた田山だが、けっして舞踏家を自認しているわけではない踊り手でも、彼女が舞踏の本質に通じるところがあると感じた踊り手を人選することによって、舞踏のイメージの多様化や異質な個性の踊り手から得られる相互刺激、ひいては舞踏界の活性化を企図するプロデュースに取り組んでおり、《踊り場》もまたそうしたシリーズ公演のひとつとなっている。今回の人選では、田山のラブコールがみのり、下井草に拠点を構えるダンス01に所属して活躍している関 雅子の存在が目を引く。演目はホームグラウンドの青劇場で初演されたソロ作品『痂痺(かひ)』。かねてからサイプレスと交流関係があるとはいえ、この場所でおこなわれる彼女のソロ公演には、特別な意味を感じる。


田山メイ子 Ⓒ小杉朋子

 土方巽の奇書『病める舞姫』の一節と踊る田山メイ子の『少年骸骨 II』には、ステージを歩きながら朗読する津田犬太郎が参加した。朗読の声は、ときに下手コーナーに身体の前面を密着して発せられ、ときに踊る田山の横に蹲踞して発せられた。舞踏をテーマにした公演では、舞踏の創始者である土方巽の残したテクストに回帰するという意味合いからだろう、擬ダンス・アーカイヴのようなこの種の企画が「『病める舞姫』を踊る」としてさかんにおこなわれ、パフォーマーによって逸脱的にも新解釈にもなる公演が、何人もの踊り手によって踊られてきた。本公演もそうなのだが、そうした過去の公演を思い返してみても、舞踏にとって言葉は、土方のテクストによらずとも、踊り手にもうひとつの身体としてとらえられ、ステージで存在が与えられるように思われる。声が重要なメディアとなるのは、こうしたことと関係しているからである。日本には「言霊」の考え方があるが、それは霊的云々という以上に、言葉に実体的なものが感じ取られている証拠だろう。舞踏にはそうした古代的感覚が残っている。バレエの骨格を感じさせるいくつかの動きが注意深く選ばれ反復されていくというのが基本的な田山の舞踏スタイルだが、今回はそのようにしてゆっくり運ばれていく身体とは違ったしぐさが多く使われ、いつもとは一味違う踊りが踊られた。地団駄を踏むような細かな足の動きやワラワラとした手指の動き、突然の片手の突きあげや自分の頭をたたくなどの突発的なしぐさは、ゆっくりとした流れにエピソード的なアクセントをつけていたが、これまでこうした動きを田山の舞踏に見ることはなかった。


田辺知美 Ⓒ小杉朋子

 田辺知美のソロ『日々是々・ひびこれこれ…』は、公演冒頭、パフォーマンス直前に思いついたという空の金魚鉢を両手で抱えた姿で登場、観客席前をひと回転しつつ上手へと歩いた。上手端に置かれた金魚鉢はそのままになり、パフォーマンスで使われることはなかった。金魚鉢の他にも、ホリゾント前でおこなわれた舞踏の途中で、下手にあるトイレの扉にからむ──左足を立てて扉のノブをつかみ、扉を開けかける。また閉じる。また開けて閉じる。──など、身体への集中を裏切って意識を拡散していく要素が本公演にはあり、細部までが組み立てられた動きで非定形の踊りを踊っていく(動きを動いていく)田辺の原点が再確認されるパフォーマンスであったことは間違いないものの、目的を持たない寄り道のダンスが消していく足跡はより散文的な印象であった。その場で思いつかれたような動きが即興的にあらわれては消えていくように見える田辺の舞踏は、動きのひとつとひつを身体(の全体性)から切り離し、別々の単体として提示されると同時に次々に連なっていくという隣接の関係によって踊りを構成していく。山田せつ子が似たような方法で舞踏するが、山田の場合、使われる動きや動きの組み合わせが語法的なニュアンスを帯びていて、隣接された動きはより強く即興的かつダンス的なあらわれをするのに対して、田辺の舞踏では、日常的な動きがより断片的で語法としての意味を帯びていないところから、舞踏そのものに即興から得られることのないアモルフな印象が強くあらわれてくるように思われる。それはちょうどアメーバがつねに形を変えつづけながらなおひとつのものであるような存在の仕方をしている。


関 雅子 Ⓒ小杉朋子

 《踊り場》の2日目では、ほんの少しの高さに設営されたステージにそれぞれが舞台装置を置くふたつの公演がおこなわれた。第一部で公演された 雅子の『痂痺』では、背後にすわった踊り手の姿が照明の光にぼんやり透けて見えるような薄手の黒カーテンが上手壁に接して吊るされた。公演冒頭、懐かしやフランス・ギャルのフレンチポップス『夢見るシャンソン人形』(1965年)が大音量で流れ、踊り手は身じろぎもせず幕裏にじっとすわりつづける。歌の終わりとともに身体を回しはじめ、じっとりとした歩行でステージ中央に出てくると、床にうしろ倒れしたり足を投げ出してすわったり、立位でスカート前を抱えたり反り身になったりと、シンプルな動きのひとつひとつがていねいに踊られていった。最後の場面ではふたたび黒幕に戻っていき、右手だけを外に出して黒幕にとりつく動きをくりかえしてから、つんのめるように姿勢を崩し、黒幕にすがって抱きかかえると、全身の体重をかけて幕を引き落とすところで暗転。カーテンが引き落とされる最後の場面では、雷鳴やサイレンの音が鳴り響き、機関銃らしき銃撃音もして幕切れのクライマックスを演出していたが、こうした演劇的意匠によって状況説明をしたり劇的な場面を作ったりするのは、彼女が属しているカンパニーダンス01の作風となっている。「自身の身体表現を模索したソロ作品」である『痂痺』を体験した田山が関に惚れこんだのは、ジャンルを越える世代的な感覚の共振があったからではないだろうか。古くからあるダンスの感覚を古びることなく冷凍保存していまに伝えるような懐かしさ、世代的なるものの感触、身体という<いま・ここ>に瞬間的に誕生してくるものが同時に懐かしさを孕んで複数の時間を生きる複雑さ──これらは舞踏が持ち運ぶ特別な感覚のありように通じている。


武内靖彦 Ⓒ小杉朋子

 ツーデイズ公演のオーラスに登場した武内靖彦の『衰微窯』は、背中に家紋の入った黒い和服を羽織り、ステージに敷かれた黒布の中央に背中向きですわって前屈すると、後頭部に強いスポットを浴び、踊り手には目前となるステージの背後を「ヘ」の字型に立てた金屏風を引き回して隠すという、まるで押入れの奥に放置されていた古色蒼然とした飾り人形を引っぱり出してきたような、まな板のうえの鯉を演じる様子で、ステージに動かなくなった身体を置いた。これは車椅子に乗った晩年の大野一雄が手だけで踊ったこととは違って、舞踏の創始者と共同作業をすることのできたこの世代の舞踏家たちが、身体を存在の域にまで掘り下げることを通じて、美術的なパフォーマンスとは確実に位相の異なる身体インスタレーションを、ひとつの方法にしていることを前提としている。今回の《踊り場》に出演した田山メイ子や田辺知美ばかりでなく、前回の《踊り場》に出演した横滑ナナや榎木ふくにもまた、そうした身体のありようは受け継がれている。若い世代の横滑や榎木の場合、ステージに存在を立てるという土台のうえに新しく「生き残る」というテーマを加え、もうひとつ構築物を乗せているというふうにいえるだろう。『衰微窯』はいわば裸にされた存在をインスタレーションするものとして踊られている。背中越しに背後を振り向く姿勢、ステージに打ちつけられる片足のストンプ、真横に伸びていく腕、突然自問するようにして発せられる「ん?」という声、金屏風前から下手を回りこみ屏風の背後へとゆっくり運ばれる身体が転轍していったそれらのしぐさは、その瞬間に起こされる身体のさまであると同時に、武内ならではのヴォキャブラリーとなっている。以前は時間の流れを切断する動きの激しさを求めて、床上に全身まるごとを投げ出す踊りもしていたが、今回は静かな存在が静かなままにいることがかえって印象的だった。とりわけ屏風裏の中央に立って屏風前をのぞきこむ場面は、屏風から突き出た踊り手の首が戦に負けた野武士の刑場のさらし首のようで、それがつねに絶体絶命の踊りであることを雄弁に語るものだった。

(北里義之)