2024年11月10日日曜日

女性の感性が描き出した現代の崇高──ユニ・ダール一人芝居『痕跡──スヴァールバル諸島』


シアターΧ 国際舞台芸術祭2024参加作品

ユニ・ダール一人芝居

『痕跡──スヴァールバル諸島 Spor-Svalbard


【Visjoner Teater】

アイデア・コンセプト・脚本・演出・出演: ユニ・ダール
作曲・演奏(サキソフォン): トーレ・ブルンボルグ
共同作曲・演奏(ドラムス): ペール・オッドヴァル・ヨハンセン

プレトーク: 前田真里衣(劇団民藝)

プロデューサー: マリアンヌ・ロラン



ノルウェーの北方にあるスヴァールバル諸島との出会いから

インスピレーションを得た作品。自然と私たちの密接な関係、

氷に覆われた北極地域での生存のための絶え間ない闘いを、

100年前、北極圏で孤独に生き延びた女性捕獲者の文書、メモ、

文書に基づいたテキストを用い、

ノルウェーで活躍するユニ・ダールの一人語りと

サキソフォン、ドラムスによる生演奏とでつづる。

Spor-Svalbard is a performance from the arctic by actor Juni Dahr

and jazz musicians Tore Brunborg and Per Oddvar Johansen,

about women who lived and survived in the solitude in the arctic hundred years ago.

Visioner Teatre will put on stage this special performance

at Theatre X in Ryogoku, Tokyo.



日時:2024年11月7日(木)~9日(土)

開場: 6:30p.m.、開演: 7:00p.m.7日

開場: 13:30p.m.、開演: 14:00p.m.8日/9日

会場: 両国シアターX

(東京都墨田区両国2-10-14 両国シティコア)

料金: ¥1,000円(全席自由)


【日本公演スタッフ】

舞台監督: 宇佐美雅司

照明協力: 川村和央

音響協力: 山北舞台音響(山北史郎、今西 工)

音楽協力: 福盛進也、花井雅保/山本 学

映像協力: 鳥居慎吾

美術協力: ノルウェー王国大使館、torawark 寅川英司

通訳: コトウロレナ、平中早智子

記録: 竹本俊治


主催: シアターX

芸術監督・劇場プロデューサー: 上田美佐子

制作部: 家入智子、森下冒子




 タイトルの『痕跡』は、「100年前、北極圏で孤独に生き延びた女性捕獲者の文書、メモ、文書に基づいたテキスト」など、後代に遺された言葉をかき集め、そこから女たちの物語が再構成されたことを意味している。ノルウェーの北方、北極圏にあるスヴァールバル諸島での孤独な暮らしを選択した住民のうち、本作品でユニ・ダールに選ばれた女性たちは、島で初の女性ハンターとなったワニー・ウォルスタッド、気象学者だった夫の求めに応じてはるばるオーストリアから夫の赴任地であるこの島にやってきたクリスチャン・リッター、夫が去り、ひとり孤独のなかでの出産を余儀なくされたエレン・ドロテア、そして転覆した船から勇敢にも家族を救い出したベルティーン・ヨハンソンの4人である。事態を説明する語りによって、あるいは女たちの内面を明かす感情表現によって、登場人物のひとりひとりが演じられていく一人芝居は、100年前、文明開花するヨーロッパ近代に背を向けるようにして極北の地に生きた北海の女傑物語であるとともに、地球温暖化に直接的にさらされているスヴァールバル諸島についての語りを通して、現代文明に対する自然からの警告にもなっている。4人の女性たちはひとりずつの個性を発揮するとともに、作者のイマジネーションなかでは、厳しい北海の自然のなかで孤独に生きた女性たちを集合的に語る4つの側面をあらわしている。それを端的にみることができるのが、リッターの孤独な出産とヨハンソンの命懸けの救出という家族の物語を一方に置き、もう一方にウォルスタッドが夫ともに北極熊の母子(という動物家族)を狩猟する場面を対置するという作品構造だ。非情な命のやりとりについて作者はなんのコメントも与えておらず、事実だけを観客に手渡しているが、ここにももの言わぬ自然からの告発が隠れていることは明らかだろう。

 作品世界を包んでいるのは北海の自然であるが、そこは異界というよりも、人間が(そこから先は言葉によって語ることが不可能であるという意味で)崇高な領域に触れることになる世界の際でもある。男の子を授かった3番目の女性ドロテアは、オーロラのようにホリゾントの幕をグリーンに染める神々しい光のなかに立ってこう言う。「本当の孤独を体験して、他者ということを理解した。」「人間がなんと神聖なものを与えられているかを理解した。」──この作品が「巨大なもの、勇壮なものに対したとき対象に対して抱く感情また神的イメージをいう美学概念」であり、また「計算、測定、模倣の不可能な、何にも比較できない偉大さを指し、自然やその広大さについていわれることが多い」というカントの崇高の概念を下敷きにしていることは明らかだろう。エドガー・アラン・ポーにもこれと似たような崇高なるものへの畏れが存在するが、それはたぶんに作者の無意識の領域からやってくる得体の知れないものに対する恐怖を内包しており、そのような闇の崇高とでも呼べる側面を『痕跡』に見出すことはできない。近代合理主義による自然の収奪に対して批判的距離をとるために、作品はスヴァールバル諸島をなかだちにして近代の入口で語られた批判概念へと痕跡を遡ったといえるだろう。

(北里義之)


 

0 件のコメント: