Bears' Factory Annex vol.10
with 鈴木美紀子
日時: 2012年12月2日(日)
会場: 東京/阿佐ヶ谷「ヴィオロン」
(東京都杉並区阿佐谷北2-9-5)
開場: 7:00p.m.,開演: 7:30p.m.
料金: ¥1,000(飲物付)
出演: 鈴木美紀子(guitar)
高原朝彦(10string guitar) 池上秀夫(contrabass)
問合せ: TEL.03-3336-6414(ヴィオロン)
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ごく最近、梅津和時とサム・ベネットが “サードパーソン” の活動を再開したが、あらためて確認すれば、かつてベネットが故トム・コラと組んでいたこのユニットを思わせる方法で、毎回ひとりのゲストを迎え、ときに古風な、ときに実験的なアンサンブルを即興的に編成するというのが Bears' Factory のプロジェクトである。2012年度のラストを飾るライヴには、メンバーと長い親交のあるギタリスト鈴木美紀子が迎えられた。ギター弾き語りや自身のバンド “Go Everywhere” でオリジナル曲を歌う彼女は、今回のセッションで、歌を歌ったり即興ヴォイスをしたり──彼女はかつて天鼓が主宰したヴォイス団 “Kuu” に在籍していた──することなく、ギターのみの即興演奏に徹した。今回に限ったことではないが、ホスト役の Bears' Factory は、聴くことに専念しながら、ゲストプレイヤーの資質を全開にするようなサウンド環境を作りあげる。こうした開かれた演奏態度は、新たなアンサンブルのヴァリエーションへとつながり、結果的に Bears' Factory の音楽性を耕すとともに、複雑に交錯する現代即興シーンのマルチイディオム環境で、自閉したり、迷子になったりするリスクを回避させる独自のパースペクティヴを、彼らにもたらしているように思われる。
この日ゲストになった鈴木美紀子のギター演奏を、オーソドックスな即興演奏と同列に並べることはできないだろう。というのも、やわらかなタッチでつま弾かれるギターサウンドは、対話のための即興語法として用意されたものではなく、和声を前提にした歌と密接なつながりを持つようなフレーズやリフ、アルペジオや断片的なメロディの動機といったものを、断片的にコラージュしていくものだからである。阿佐ヶ谷ヴィオロンでは(基本的に)電気楽器が禁じられており、ひずんだギター音を中心にした演奏がはばかられるところから、いつもより小さな音での演奏になっていたかもしれないが、彼女の音楽は、歌の世界においても、路傍に咲く名前のない花の気持ちを歌うような表現になっているのではないかと思う。あっさりとしたシンプルなギター弾奏ながら、歌心をもったサウンドの一片一片がかもしだす可憐さは、アブストラクトな即興演奏ではまず聴くことのできないもので、共演者の高原や池上が大きなストライドで配置していくダイナミックなサウンド群と、対照的なありようを示していた。すなわち、ドゥルーズ=ガタリによって「リトルネロ」と呼ばれたこの小さな音楽をとらえようと、Bears' Factory のふたりは彼らの即興言語をくり出していくのだが、彼らが頑張れば頑張るほど、音楽は大きなものになっていってしまう。それがこの晩はひとつのドラマを描き出していた。
こうした第一部を踏まえ、第二部の冒頭にはギター・ソロが置かれた。鈴木の演奏から、もっと明確にメッセージを聴き取りたいということだったのだろうか。前半とアプローチを変えた鈴木は、ギター演奏というより、ディレイなどのエフェクター類を使って、小さなエレクトロニクス作品を作りあげるようなサウンド構築をした。それはまるで、小さなクリスマスの電球がたくさん集まってチカチカと点滅しているような、いまの季節に似つかわしい幻想的な世界だった。意識を集中しないと細部まで聴き取れないほど小さな音で奏でられる電子音のタペストリーに、しばらくすると、コントラバスのアルコが細い糸を引くようにして忍びこんでくる。この後、荒々しいサウンドの応酬やブルースロックふうの展開をはさみながら、満天の星空を思わせるこのミニマリスティックなサウンドは何度か反復され、第二部の基調を形作ることになった。鈴木の作曲家としてのセンスが光った部分といえるだろう。彼女のパフォーマンスは、例えば、アブストラクトな即興演奏をすぐさま(演奏者の欲求のままに)構成するための音色パレットとなっている高原の10弦ギターとは違って、いまだ歌の世界と切り離されていないという意味で、とても伝統的なものになっていると思う。
ゲスト奏者がそこにいるということの(音楽的な)意味を作り出すため、共演者の演奏に注意深く耳を傾けるというのは、Bears' Factory(Annex)における基本的態度であり、彼らをとりまくネットワークの親密さを強く印象づけるものである。そして社会的には、この親密さこそが守るべきただひとつの価値なのかもしれない。もし(ジャンルとしての、方法としての)即興演奏に特化したネットワークだけが、めざされるべきものとしてあったとしたら、すなわち、すべてに先行して即興演奏という概念が守られるべき価値として考えられていたら、おそらくこのセッションは実現しなかったのではないだろうか。そうではなく、錯綜した雑多な音楽環境のなかで、その雑多さそのものや、そうであるがゆえにもたらされる孤立した環境から、(私たちが通常「越境」と呼ぶものを通して)演奏家たちを顔の見えるひとつのネットワークにつなげる行為もまた、今日では即興演奏のなかに含まれるのかもしれない。もしこうした二種類の即興を想定できるとしたら、私たちはここで聴いているものを、即興演奏の「多様化」「多元化」「撒種」というように形式的にとらえるのではなく、そのまるごとを、根拠地をもたずに半世紀を生き抜いてきたこの音楽の成熟した姿として受け止めてもいいのではないかと思う。■
【次回】Bears' Factory vol.17 with 加藤崇之
2013年1月19日(土)、開演: 7:30p.m.
会場: 阿佐ヶ谷 ヴィオロン
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