2012年12月9日日曜日

【CD】Cremaster & Angharad Davies: Pluie fine



Cremaster & Angharad Davies
Pluie fine
Potlatch|P 312|Digipack CD
曲目: 1. embrun (15:00)、2. bruine (14:01)
3. crachin (15:45)
演奏: Cremaster: Alfredo Costa Monteiro
 (electro-acoustic devices, speakers, electric guitar)
Ferran Fages (feedback mixing board, electro-acoustic devices)
+ Angharad Davies (violin)
録音: 2010年9月-2012年7月
デザイン: Octobre



♬♬♬




 ジョナス・コッシャーやルカ・ヴェニトゥッチらとアコーディオン・トリオ「300 BASSES」を組んで、サウンド・インプロヴィゼーションの極北をいくようなアルバムをリリースしたばかりのアルフレッド・コスタ・モンテイロが、前作につづけて、バルセロナの即興シーンで知りあったフェラン・ファヘスと2000年に結成したデュオクリマスターのアルバム『プリュエ・ファイン』(「pluie」は仏語の「雨」、「fine」は英語の「晴」)を、ポトラッチからリリースした。ロンドンを拠点に活動しているヴァイオリン奏者アンガーラド・ディヴィスとの共作だが、製作過程から想像すると、おそらくここ数年の演奏のなかから選抜したクリマスターの音源を母体にしながら、ディヴィスとやり取りして新たに音を重ねていき、最終的な作品として完成させたようだ。アンガーラドはロンドン・サイレンスの立役者のひとり、ハープのロードリ・ディヴィスの実姉にあたり、ロードリがハープにおけるオルタナティヴな演奏法を開拓しているように、アンガーラドもまた、演奏法を工夫したりプリペアドの手法を使うなどして、ヴァイオリンの潜在的な可能性を拡大しようとしている。本盤に収録された楽曲はいずれも、エレクトロ・アコースティックのサウンド流を、(想像されたレイヤー上で)緻密に構成していった音楽といえるだろう。

 エレクトロ・アコースティック(生音と電気音)という言葉の意味するところは、ふたつの領域の間に境界線をもうけないというだけでなく、エレクトロニクスが伝統的な楽器の生み出す生音の再定義をうながし、ときには楽器そのものの拡張までも要求するということなのだが、この出来事は、演奏技術の拡大といった方法論にとどまらず、音楽経験そのものの変質、すなわち、私たちの感覚の根底的な変化を条件としている。音楽史をひもとくならば、このような「変容する感覚」は、ロック・レボリューションをきっかけに拡大していったといえるかもしれないが、本盤を聴くなら、その変化がいまでは毛細血管の隅々にいたるまで浸透していることが実感できるだろう。メロディを奏でているわけではなし、一聴しただけでは、いったいどこにヴァイオリンがいるのか見当もつかないだろうが、注意深く聴くならば、サウンド流のムードを決定するような重要な色彩を、あちらこちらで提供していることがわかる。雅楽を思わせる「embrun」での篳篥のような動きの音、高周波のサウンドが密集する「bruine」で聴くことのできるサイン波のような無機質な音、そして「crachin」での動物が鳴くようなノイズといった具合だ。いずれもこれまでのヴァイオリン演奏にイメージされていなかったものばかりである。

 電子機器やコンピュータの一般的な普及とともに、かなり以前から、サーフェイス・ミュージック(サウンドだけで構成されるようなタイプの音楽)の大きな流れが生じていることが知られている。即興演奏ともかかわりながら、これらの音楽においては、既成の音楽ジャンルを意識しないですむところから、もはや特別な音の形を必要としなくなったサウンドは、サウンドそのものとして自立的な意味を獲得するようになり、その質感が抽象絵画における色彩に相当するようなあり方を強めているように思われる。アブストラクトなサウンド編成があるかと思えば、その一方では、ノイズの広大な沃野を開きながら、演奏するミュージシャンが封じてきた、これまでにないタイプの野性的な感情を解き放っているように感じられるケースも多い。この感情解放は、フリージャズのそれが制度的なるものとクラッシュする「肉体」の解放であったのにくらべ、いまやもっと生命的なものに根ざしている。反骨の画家ジャン・デュビュッフェの発見したアール・ブリュットが引き合いに出されることがよくあるのも、こうしたところに理由があるのだろう。クリマスターがアンガーラド・ディヴィスと共作した本盤もまた、そうした生命的なるものが躍動する場であることは論を待たない。



  【関連記事|POTLATCH】
   「【CD】300 BASSES: SEI RITORNELLI」(2012-10-27)
   「Lucio Capece: Zero Plus Zero」(2012-04-21)
   「村山征二郎/ステファーヌ・リーヴ」(2012-01-07)
   「ジャン=リュック・ギオネ/村山征二郎」(2012-01-06)

-------------------------------------------------------------------------------