2013年3月24日日曜日

【CD】康 勝栄+弘中 聡: state, state, state



康 勝栄 弘中 聡
Katsuyoshi Kou / Satoshi Hironaka
『state, state, state』
Ftarri|ftarri-995|CD
曲目: 1. State (15:24)、2. sTate (27:25)
3. stAte (4:23)、4. staTe (9:55)
演奏: 康 勝栄(guitar)、弘中 聡(drums)
録音: 2012年7月9日
場所: 東京/八丁堀「七針」
発売: 2012年12月9日



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 ギタリストの(あるいは「演奏家・音楽家」ではない)康勝栄とドラマーの弘中聡が、東京八丁堀にある古びた雑居ビルの地階にある小スポット七針(ななはり)で収録したソロとデュオの即興演奏。七針の公演データに記載がないので、おそらく非公開でおこなわれたものと思われる。その場か後日かは不明ながら、オーバーダビングや録音機器の操作によって、四曲のうちの三曲にポストプロダクトが加えられており、編集作業の内容や編集意図などが、アルバムに同封された康勝栄のライナーに簡潔に記されている。一定のテンポを変えることなく、ドンドコドンドコと鳴りつづけるドラムと、楽器のハウリングや、接触不良になったつまみをゴソゴソといじっているような電気的なノイズを出すギターのコンビネーションが、強烈な違和感を感じさせることなく、むしろ親和的なありようで、それぞれのレイヤー内を動いていく演奏は、音響以降の即興シーンにおけるプレイヤーの関係性においては、すでに典型的といえるようなものになっている。本盤においては、すべてがノイズに還元されてしまうのではなく、ドラムはドラムとして演奏されているので、デュオが共有している場所は、空間的なものではなく時間的なもの──すなわち、音楽的なもの──になっている。

 フリージャズ華やかなりしころ、即興演奏がシュルレアリスムの自動筆記にたとえられたことがあった。即興演奏は、意識の底に隠された(あるいは「抑圧された」)広大な無意識の領域に身体を解き放つものといわれたのだが、現在の地点から考えれば、これは形を変えた、現代の「自然に還れ」宣言だったのではないかと思われる。おそらくはそうした発想が根底にあって、即興演奏の録音には、できるだけ人工的な手を加えないことがよしとされた。作曲(家)のヒエラルキーに異議申し立てする即興が、演奏の過程を生きることに存在意味を見いだしていたという点で、この主張は、あながち的外れでもなかったように思われるが、そうした演奏の記録自体が、LPの両面を使って長時間の録音を可能にした音響技術の発展に負っていたことを考えれば、そこに出現する自然(無意識的なもの)は、つねにすでに人工(意識的なもの)にまみれていたといえるのではないかと思う。重層的なメディア環境の時代に、それらを衣装のように脱ぎ捨ててみせる純粋な身体がありうるのかという問題は、もはや一種のロマンティシズムと思われているかもしれない。少なくとも、本盤の即興演奏は、そうした自然さ” に待ったをかけている。

 アルバムの冒頭に収録された「State」で、オーバーダビングを使ったり、ドラミングに機械的な心不全を起こさせたりしながら、ノイズであれ楽音であれ、音をどこまでも自然に聴きたいと欲求する私たちの身体に、これが録音媒体であることを意識させつづけるしかけをほどこしたデュオは、それぞれのソロ演奏をはさみ、アルバムの末尾には、なにも手を加えないデュオの即興演奏を置いている。一曲をダウンロードで聴く現代の聴き手が、この順番でアルバムを聴くかどうかは保証のかぎりではないが、『state, state, state』のこの曲順は、本盤の要になっているといえるだろう。というのも、この順番で聴くことによって、私たちは通常の即興演奏を、いつもとは別の意識状態(state)のなかで聴くことになるからである。「手を加えていない」ということがどういうことかを、手を加えた演奏を聴くことによって、初めて知ることになるからである。意識されているか否かはともかく、おそらくはすべての即興演奏が、もともとはこうした(メディア体験の)側面を持っている。さらにいうなら、即興演奏とは、こうしたメディア体験とともに誕生した音楽だということにすらなるかもしれない。こうして本盤は、いくつかの「state」を発見の装置にしているが、それだけにとどまらず、出来事の一回性を生きる即興演奏のCD化は、演奏そのものを反復的聴取にもたらす。認識の構図の変換のあと、この反復聴取から、康勝栄と弘中聡の演奏があらためて姿をあらわすことになるだろう。

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