2011年11月1日火曜日

八木美知依&ジム・オルーク


Michiyo Yagi & Jim O'Rourke Duo
八木美知依 & ジム・オルーク
日時: 2011年2月10日(木)
会場: 東京/渋谷「公園通りクラシックス」
(東京都渋谷区宇田川町19-5 東京山手協会B1)
開場: 7:00p.m.,開演: 7:30p.m.
料金: ¥3,500(飲物付)
出演: 八木美知依(十七絃箏、二十絃箏)
ジム・オルーク(g, p, perc)
予約・問合せ: TEL.03-3464-2701(公園通りクラシックス)


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 過去に共演する機会が何度となくあり、八木美知依の箏の演奏スタイルをよく承知しているジム・オルークが、八木美知依とのデュオ・インプロヴィゼーションに臨んで用意したものは、12弦のアコースティック・ギター、グランドピアノ(内部奏法を含む)、そして韓国の打楽器チンや金属製ボウルといった打楽器類を、エフェクターなしで演奏するというサウンド構成だった。

 ハンス・コッホが mori-shige のチェロ演奏をさして、あれは楽器を弾いているのではなく触っているだけだと表現したのが言い得て妙だったが、ちょうどそのように、サウンドを構成して新たな(音楽的)構築物を作ってしまうのではなく、楽器との接触面、響きとの接触面を、どこまでも横に滑っていくアンフォルメルな演奏によって出現するたゆたう響きを、共演者の八木美知依のサウンドに寄り添わせて交感しつづけるというのが、この日のオルークの作戦だった。箏という楽器が生みだす「ゆらら・ゆられ・ゆらる」音の形と音色の多様性を、西洋楽器に模倣させたものといってもいいだろう。音がほとんどなくなるような場面でも流れつづける強靭な時間の連続性は、ふたりがふたりともに、共演者の演奏を徹底して聴くという態度を貫き、耳を突出させたことによって与えられたものである。

 オルークの演奏に特徴的なのは、ここに彼自身の内面性が重ねあわされるところにある。ピアノの背後に配された打楽器類を、観客や共演者に背中を向けて──あえていうならば、八木の演奏を背中の耳で聴くことによって──演奏するオルークの姿勢に、そのことは端的にあらわれていたように思われる。サウンドの対話や衝突によってデュオを構成するのではなく、ひとつの内面的な場所から、ふたりがそれぞれのサウンドを引き出してくるといったようなイメージ。聴くことの突出。

 第一部(35分)、第二部(30分)、楽屋に戻ることなくおこなわれたアンコール演奏(7分)と、凝縮された時間がつづくなか、楽器をチェンジするために生まれる演奏の切れ目も、楽曲の切れ目のようにあつかわれることはなく、すべてがひとつらなりの音楽的時間として生きられていた。そこから立ちあがってくるのは、即興によるデュオという演奏スタイルではなく、また個々の楽器の響きの美しさというものでもなく、それらを突き抜けたところにある、ふたりの濃厚な身体性のようなものだった。

 第二部の15分を過ぎたあたりになって、二十弦箏を演奏する八木は、ようやく箏ならではの手を生かした形のある響きを、演奏に放りこみはじめた。八木美知依の演奏がもっている箏の美的特質というべきもの、あるいはこれを、オルークの演奏には望むことのできない日本的情緒をたきこめた映像的表現といってもいいと思うのだが、そうした響きの形が、流れつづけるサウンドの川の水面に輝きながら落ちかかるあざやかな花びらの一片二片として、聴くもののイマジネーションに訴えかけてくる場面である。これはオルークがアンフォルメルな演奏をしているだけに、よけいに際立って感じられるものとなった。この場面展開に、オルークはブルージーなピアノの弾奏で応じ、おたがいの演奏を触発しあっての楽曲的な小クライマックスへと向う。しかしながら、この晩のライヴは、ここで大団円を迎えない。しばしの沈黙をはさみ、本歌に対する返歌のようにして、短い演奏がつなげられ、箏ならではの反復パターンをとる八木に対し、オルークは意外にもハーモニカを鳴らしたのである。

 短いアンコール演奏は、声の太さを感じさせる十七絃箏の力強い弾奏と、プリペアド風のギター・サウンドによる弦の饗応となった。終始サウンドのたゆたいのなかにあったライヴにあって、サウンドの芯に生命的なるものの形を感じている八木の音楽と、どこまでもアンフォルメルな音の表面を滑っていくオルークの音楽の特徴を、短くダイジェストするような演奏だったのではないだろうか。



[初出:mixi 2011-02-12「八木美知依&ジム・オルーク」]  

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公園通りクラシックス http://www.radio-zipangu.com/koendori/