2013年4月18日木曜日

高原朝彦 d-Factory vol.2 with 太田惠資



高原朝彦 d-Factory vol.2
with 太田惠資
日時: 2013年4月17日(水)
会場: 東京/新宿「喫茶茶会記」
(東京都新宿区大京町2-4 1F)
開場: 7:30p.m.、開演: 8:00p.m.
料金: ¥2,500(飲物付)
出演: 高原朝彦(10string guitar) 太田惠資(violins, etc.)
予約・問合せ: TEL.03-3351-7904(喫茶茶会記)



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 10弦ギターの高原朝彦が、喫茶茶会記でスタートさせた隔月のシリーズ公演「d-Factory」は、さまざまなセッションに参加しながら、常日頃は、そのときどきの条件にこたえて演奏している彼が、長年の演奏によって培った彼自身のインプロヴィゼーションを全開にできる場所として構想された。高原と互角に高密度の演奏をするプレイヤーをひとりゲストに招くことで、彼の演奏は、ソロのとき以上に高く飛翔することができるようだ。それぞれの即興スタイルにいたった背景は各人各様でも、田村夏樹、太田惠資、蜂谷真紀といったゲスト・プレイヤーたちは、私たちが一般的に「饒舌」と呼ぶような高い密度と速度をもった演奏をする点において、高原とよく似たミュージシャンたちといえるだろう。密度と速度は、いうまでもなく演奏技術のたまものであるが、それだけでなく、音楽的な経験の厚み、すなわち、高度に蓄積された音楽情報の束から自由にイメージを引き出してきて演奏を展開するという、今風の表現でいうなら、「データベース身体」とでもいうような存在から引き出されてくるものである。ここにはもうフリージャズが持っていたような男臭さは存在しない。油断していると見過ごしてしまうほど微妙でありながら決定的なこの相違を、「d-Factory」は前面化することになるのではないだろうか。

 現代の即興シーンにおいて、このデータベース身体の存在はすでにあたりまえのようになっているが、そこから演奏家がさまざまな音楽を引き出してくるやり方に、一種の狂気に見まがうような過剰さであるとか破天荒さ、出所不明の巨大なエネルギーの負荷がかかるとき、高原の求めているような即興演奏の密度と速度が出現してくる。このような密度と速度によって編みあげられる演奏は、ふたりのインプロヴァイザーが、それぞれの個性をぶつけあう演奏とは異なったありようをしている。というのも、共演者の演奏が、自分の演奏を解き放つ青空のようなものになるからである。ソロではなくデュオだからこそ可能になる相乗効果というべきだろうか。即興演奏では、共演者の選択がその内容のほとんどを決定してしまうというのが常識になっているが、「d-Factory」においても事情はおなじで、共演者の選択を誤り、阿吽の呼吸でくりだされるこの密度と速度が少しでもずれてしまうと、そこに出現する青空が青空ではなくなり、まるで壁のようなものになってしまう。ジャンプ台のうえから一気にプールに飛びこむようにして、突然勃発する情報戦争のような丁々発止の演奏のなかでも、データベース身体が感応しあうところでしか音楽は成立しない。田村夏樹との共演にも、太田惠資との共演にも、このようなバイブレーションの交換を聴くことができた。

 第一部のセッションでは、朗々とメロディーを奏でながら、トラディショナルな風味のある演奏を次々にスイッチしていく太田惠資に対し、高原朝彦はいったん解体された10弦ギターのサウンド断片を、ふたたび再構成していく即興演奏で応じながら、彼ならではの速度と密度によって、はじけとぶような演奏を展開した。もしふたりの演奏にすれ違いが生じていたとすれば、それは高原が反転しあうふたつの青空のなかで同時進行するデュオを構想していたのに対し、太田の演奏が、ソロパートを交換しあうデュオという(ジャズ的な)音楽形式を持ちこもうとした点にあるように思われる。高原の即興演奏が、音楽の根拠となるすべての形式性を離れたところで、黄砂のように宙を舞うノイズ=サウンドが、猛烈なスピードで旋回しながらも、ある一定時間の滞留現象を引き起こすものになっている一方で、太田の即興演奏は、音楽形式を捨てずにいることで聴き手をいったん安心させながら、同時に、いくつもの形式を経めぐっていくことで音楽の根拠を奪い、習慣的な耳に驚きをもたらしつつ、次々にフェイクを重ねて転身していくというようにいえるだろうか。いずれも音楽の形式性から自由になった演奏なのだが、自由になるそのなり方が違っている。

 第一部で共演者の音楽のありどころを確かめたのだろう、第二部の冒頭、10弦ギターからシンソニードのエレキギターに持ち替えた高原に応じて、ブルーのボディを持った愛用のエレキヴァイオリンを手にした太田は、エフェクターを多用する演奏を展開した。ひとしきりサウンドの応酬がつづいたあとで、サンプリングでタンゴのようなリズムをループさせながら、また少しあとでは、アラビックな大衆音楽のリズムをループさせながら演奏、いくつものリズムの内外を出入りしながら、おもちゃの白い拡声器を使って、アザーンとシュプレヒコールを足して二で割ったようなヴォイスやアラブ歌謡で画竜点睛を決めた。ハードコアな即興演奏の応酬になれていない聴き手には、一種の風通しになるだろうリズムやヴォイスの演奏は、大きくいうなら、それ自身がサウンドのひとつのあらわれといえるようなものであり、高原のサウンド指向の演奏とがっぷり四つに組むものだった。ソロの交換を捨てた第二部の太田は、音楽の流れに乗りながら、太田らしさが前面化するような演奏を淡々とくり広げたのではないだろうか。共演者の音楽を見すえながら、みずからのスタンスを崩すことなく、それぞれが演奏に微調整を加えてアンサンブルを作りあげていくというスリリングなステージだった。


次回の公演は、d-Factory vol.3 with 蜂谷真紀   
2013年6月11日(火)開演: 20:00~   
会場: 喫茶茶会記   



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  「高原朝彦 d-Factory vol.1 with 田村夏樹」(2013-02-27)
 【YouTube動画】
  「喫茶茶会記 高原朝彦 Duo シリーズ [d-Factory]


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