ダンスの犬 ALL IS FULL
深谷正子ダンスソロ
垂直思考 Ba Ba Bi
日時: 2014年12月10日(水)~12月12日(金)
会場: 東京/八丁堀「七針」
(東京都中央区新川2-7-1 オリエンタルビル地階)
開場: 7:00p.m.、開演: 7:30p.m.
料金: ¥2,000
予約・問合せ: TEL.070-5082-7581(七針)
作・出演: 深谷正子
照明: 玉内公一、音: KO.DO.NA
衣裳: 田口敏子、制作: ダンスの犬 ALL IS FULL
ビデオ記録: 坂田洋一
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コレオグラファー/パフォーマーの深谷正子が主宰するカンパニー「ダンスの犬 ALL IS FULL」は、2014年度も精力的に公演を打ってきたが、八丁堀の「七針」でおこなわれた本年度最後の『垂直思考 Ba Ba Bi』は、深谷自身による3デイズ・ダンスソロ公演となった。タイトルにある「Ba Ba Bi」は「幼児が英語を習うときの一節」とのことで、時間をさかのぼっていく点で、若木が伸びていくイメージの「垂直思考」と対極をなす言葉になっている。おそらく未知の言語を初めて発語するような身体を獲得することが含意されたものだろう。あるいは、パフォーマンスのなかで手垢のついた身体を脱ぎ捨てるため、「垂直思考」するという解釈を重ねることができるかもしれない。観客に床を見せることが必要ということで、いつもスタンドや台座のうえに置かれている七針のスピーカーは、上手のアップライト・ピアノの前に床置きされ、ソファやスツールなどの椅子類はすべて撤去されて、オリジナルに二段組の雛壇が造設された。新たなダンススペースの誕生である。さらに、動きのクリシェを脱出するローテク装置として、皮膚感覚を刺激する13個ほどの完熟トマトが用いられた。うがった見方をするなら、これらのトマトの落下こそが、身体による「垂直思考」だったかもしれない。
3デイズ公演は、どの日も同じ条件のもとにおこなわれたが、パフォーマンスの内容によって、大きく最初の2日間と楽日に二分される結果となった。暗転板つき。暗闇のなかに出現した深谷は、ほのかに床を照らす光の外側に立ち、スポーティなシャツと短パンの胸、腹、背中などにたくさんの丸いものを詰めこんで、身体の線をデコボコにしていた。街頭の雑踏、子供たちの声といった環境音からスタートした KO.DO.NA の音響(録音されたもの)が一段落したところで、照明が深谷の姿をゆっくりと浮きあがらせると、彼女はかすかに上半身を揺らしはじめた。駄々っ子のように身体を揺する謎のしぐさは、真赤なトマトが、大きな音をたてながら、ひとつ、ふたつと床に落ちはじめたところで、シャツの下にはさまった野菜を身体の動きで振り落とそうとしているのだとわかる。トマトが落ちきると、ふたたび床から拾いあげてシャツのなかに入れ、立ち位置を変えて同じことを反復する。トマトを落とす床の位置は決められていないようだった。身体の揺らし方は次第に激しいものになってゆくが、ときおり動きが止まり、トマトからふっと意識がそれる瞬間に、彫刻を思わせる深谷ならではのポーズが出現してくる。
私たちの日常にあたりまえのようにある野菜を異物化するところに生まれる非日常の動き。異常ともいえるこのトマト遊戯は、ダンスする、あるいはパフォーマンスする身体の文脈をはずれた謎の動きとして、観客の意識のエアポケットに宙づりになったまま、いつまでも落ちつきどころを見いだすことができず、ひたすら床に落ちていくだけの反復のなかで、時間を経過させていく。トマト遊戯とサンドイッチになった存在感のある深谷の彫刻ポーズは、動きに句読点を打つようで、容易に行為の意味をみいだすことのできないダンスを見ることで不安定な状態に置かれた観客の視線を、止まり木に宿らせる働きをした。立ったまま足にはさんだトマトをクチャクチャと潰し、ナメクジが這ったような跡を残しながら床を引きずっていくこと。あるいは、床に座って身体を揺すり、パンツの中にとどまって落下してこないトマトを潰すこと。触覚のバリエーションと呼べるこれらの場面は、ひたすら身体を原始的に遡行していく「Ba Ba Bi」のパフォーマンスに、連鎖する感覚による擬似的な進展を与えていた。物語もなくコンセプトもない。ないというより、持とうとしない。あるのは密かに決められたルールと、むき出しにされた身体と物のかかわりだけ。こうした意識の宙づり状態のなかを、ときおり美しい瞬間が通り過ぎていく。
初日であれば、夕陽のような暖色の光のなかで、深谷が床に落ちたトマトに、低く、低く身をかがめたとき、中日であれば、無音のなか、深谷が潰れたトマトを足の間にはさみ、股をぎゅっと締めた姿勢で下手から上手へ足を引きずっていく途中、いまや生演奏では聴くことが少なくなった、とても古いジャズの感覚を漂わせる KO.DO.NA のブルージーなトランペットが鳴り響いたとき、そして楽日であれば、散乱したトマトの間に身を横たえた深谷が、出産するような姿勢で天を仰いだとき。異質な感覚が、おたがいに無関心のまま、つかのま交差してゆくこれらの美しい瞬間は、物語や風景があらかじめ設定されていない場所で、たまたまの出会いによって構成される「寓景」と呼べるような風景を描き出した。いうまでもなく、深谷が獲得しようとした「Ba Ba Bi」の身体そこが、これらの瞬間を永遠に記憶にとどめる絵筆となったことは間違いない。異質な感覚ということでは、中日の後半に出現した、激しく首を振る動作や荒い息づかいも印象的だった。やっぱり気持ち悪いのかな? トマトの汁が冷たいのかな? という想像をかきたてる動きは、潰れたトマトとダンサーの皮膚の間で生じている(だろう)感覚に、観客を巻きこむものだった。
事件は楽日に勃発した。初日のパフォーマンスでは、潰れたトマトの汁が、股間から太ももを濡らして滴り落ちるという生々しい場面もあったのだが、楽日に用意されたトマトは、いまだ若く、完熟していなかったため、トマトの汁が肌を濡らすという、観るものの感覚を触発する要素がいっきに後退してしまったのである。残るはトマトの垂直思考=落下だけ。その結果、シャツの前後にたくさんのトマトを入れたダンサーが少し動くと、なにもしないうちから次々にトマトが床に落下し、それを追って拾い歩くというコミカルな場面が出現することになった。この突発事故は、身体を揺すってトマトを落とす即物的なパフォーマンスが、一般的なダンスの内容をなす動きのかわりにしていた「触覚の喚起」を不可能にし、楽日の公演を前2日とまったく別のものにしたと思う。いろいろと変化したなかで最大のものは、シャツの下にトマトを入れずに身体を揺さぶるという行為の出現だろう。というのも、これは上半身を揺する動作とトマトの落下を結びつけることで、動きの自己目的化=ダンス化を防ぐという『垂直思考 Ba Ba Bi』の基本ルールを、両者を引き離すことで(ダンサーみずから)破ったことになるからである。これはちょっとした出来事の変化が、踊りの内容はもちろん、パフォーマンスのルールすら変えてしまうという即興的な事態の到来といえるだろう。
3デイズ公演の楽日に、トマトの固さによってもたらされた予想外の事態は、トマトを捨てたパフォーマンスの後半で、集中的に、彫刻を思わせる深谷の身体ポーズのバラエティと型に対するセンスのよさを引き出した。玉内公一の即興照明に助けられながら、その場の機転をきかせて、直前まで考えてもいなかった動きをくり出し、次々に場面を切り開いていったスリリングなパフォーマンスは、同時に、本公演の全体像を別角度から照らし出すことで、『垂直思考 Ba Ba Bi』の意図を立体的に理解させることになった。楽日のダンスで見えてきたのは、動きのなかで交互にあらわれる、トマトを使った即物的な動きと美的な(あるいは記号的な)身体ポーズというふたつの要素は、実のところ、明快に切り分けられるものではなく、ダンサーの意図をはずれるトマトの動き(落下)によって身体ポーズも大きく影響されており、動きの細部においてつねに変化を余儀なくされているということであった。楽日の突発事故は、形式化したダンスから身体を取り戻すという『垂直思考 Ba Ba Bi』の作業が、ひるがえって、いまここに出現してくる身体が、どのようなダンスを生み出すことになるのかということと表裏一体であることを、端なくも照らし出したのである。■
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