Bears' Factory vol.11
高原朝彦&池上秀夫 with 黒田京子
日時: 2012年1月22日(日)
会場: 東京/阿佐ヶ谷「ヴィオロン」
(東京都杉並区阿佐谷北2-9-5)
開場: 7:00p.m.,開演: 7:30p.m.
料金: ¥1,000(飲物付)
出演: 黒田京子(piano)
高原朝彦(10string guitar) 池上秀夫(contrabass)
予約・問合せ: TEL.03-3336-6414(ヴィオロン)
♬♬♬
10弦ギターの高原朝彦とコントラバスの池上秀夫が、阿佐ヶ谷にあるレトロな音楽喫茶「ヴィオロン」を開催場所に、2009年12月から3年越しにつづけているライヴ・シリーズ「ベアーズ・ファクトリー」は、ふたりがこれまで共演したことのないアーチストをゲストに迎えておこなう即興セッション・シリーズである。これまでに、中尾勘二(perc)、森順治(sax)、田村夏樹(tp)、林栄一(sax)、佐藤行衛(g)、矢野礼子(vln)、広瀬淳二(ts)、岸洋子(dance)、沢田譲治(b)、山崎弘一(cello)などと共演している。1980年代のニューヨーク・ダウンタウン・シーンで、すでに故人となったトム・コラと、現在は日本に拠点を置いて活躍しているサム・ベネットが結成していた “サード・パースン” を思わせる趣向である。シリーズ名に「ベアーズ」があるのは、ふたりの体型がそろってクマに似ていると、ピアニストの新井陽子にいわれたからという。高原と池上の共演は10年前にさかのぼるというが、「ベアーズ・ファクトリー」以前に、デュオで活動する期間があったということではないようである。演奏活動をするためのネットワークが重なっていたと理解すべきなのだろう。
阿佐ヶ谷の北口商店街に店を構える音楽喫茶「ヴィオロン」は、店の外側も内側も、レトロな調度品にあふれた雰囲気のある店で、もともとSP盤を含むクラシックの音盤を、高級なオーディオ機器で聴かせる店としてスタートしたが、最近では、自主的な演奏活動をするミュージシャンたちに場所を貸し出すことがメインになっている。しかしながら、名盤鑑賞会は、いまもつづけられているとのこと。コーヒー代が350円、食べものの持ちこみは自由という経営をしている。電気楽器類の使用はいっさい厳禁で、補助的なアンプの使用にも交渉が必要となる。基本的にはアコースティックな環境で演奏することが条件になっている。テーブル二台ばかりが置かれた、部屋の中央のアリーナ状になった平土間を、高い木組みの回廊が取り囲むという建築構造で、回廊の縁に手すりがついているために、下の土間は、まるで裁判所にある被告席のような印象を与えている。部屋の奥に巨大なオーディオ機器が置かれ、アップライト・ピアノが木組みの回廊の上手側に置かれている。ライヴ会場にしては特異なロケーションというべきだろう。
第11回「ベアーズ・ファクトリー」公演には、ピアニストの黒田京子が招かれた。演奏の進行にかかわる特別な打ち合わせはなく、音量を確認するていどの簡単なサウンド・チェックだけで本番にのぞむ。おそらくゲストを立てようとしたのだろう、初手あわせとなった前半は、ホスト役のふたりが黒田の出方をうかがうピアノ・トリオ風の演奏となる。黒田のピアノが提示する構造の内側に身を置きながら、細かなサウンドを使って内声を変化させていくミクロな展開といったらいいだろうか。10弦ギターの高原朝彦は、クラシカルな楽曲にも通じているが、即興演奏をする場合、様々な小道具を使って弦をプリペアドするのとおなじ効果を与えながら、カラフルでノイジーなサウンドを追究しているようである。以前に聴いたときにも感じたことだが、ピックを使わず、十指が弦のうえを疾走していくという演奏の様子は、めまぐるしさとスピード感と瞬発力にあふれた独特のものだ。やはりアコースティック・ギターを使う今井和雄ならば、似たような疾走のエネルギーが、どこかで熱量に変換していくという印象なのだが、高原にはそうした側面がない。これは10弦ギターを使用していることとも関係するのだろう、どこまでも音色に焦点があたっている。
かたや、池上秀夫のコントラバスは、彼の実直さをそのまま絵に描いたような誠実さにあふれたものである。楽器が性格を作るのか、そのような性格が楽器を選択させるのか、つねに受けて演奏を構成する池上は、これもまた以前に感じたことだが、相手の演奏に攻めこむということが極端に少ない。ジャズやフリージャズならともかく、彼がいま指向しているインプロヴィゼーションでは、もう少し別の対話スタイルが求められるはずである。こうした印象には、会場の特性や立ち位置の制限から、(私の座った後方の席まで)低音部があまり響かなかったことが原因しているかもしれない。後半は、黒田がかなり意識的に共演者を先行させるよう、演奏に注文をつけ、ありようは前半よりもずっと自由なトリオ・ミュージックになったように思われた。高原朝彦の芸域の広さ、音楽に対する欲求の多面性、あるいはジャズとフリー・インプロヴィゼーションの中間に位置している池上秀夫の資質などが、よりストレートに前面に出たと思う。それにしても、即興演奏がどんな展開になったとしても、それをけっして平凡なパターンに流しこむことなくまとめあげる黒田の構成力は、格段に “進化” していた。彼女もまた、つねに精進することを怠らない、真摯な演奏家のひとりである。
次回の「ベアーズ・ファクトリー」には、ふたたびサックス奏者の森順治を迎える。■
-------------------------------------------------------------------------------