2011年10月13日木曜日

Yagi - Brötzmann - Nilssen-Love: VOLDA


Yagi - Peter Brötzmann - Paal Nilssen-Love
八木美知依/ペーター・ブロッツマン/ポール・ニルセン・ラヴ
VOLDA
(Idiolect、ID-03)
 曲目: 1. Volda I、2. Volda II、3. Volda III
 演奏: 八木美知依(二十絃箏, 十七絃箏)
ペーター・ブロッツマン(as, ts, cl, tarogato) ポール・ニルセン・ラヴ(ds)
録音: 2008年4月12日
場所: ノルウェー/ヴォルダ市「クラブ・ロッケン」
解説: マーク・ラパポート
発売: 2010年1月23日


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 もはや説明の必要もないだろうが、1960年代にインターナショナルな運動としてのフリージャズに呼応して誕生したドイツのフリー・ミュージック草創期を担った第一世代が、サックス奏者ペーター・ブロッツマンである。ドイツ即興界の重鎮となったこの “サックスのヘラクレス” を象徴的な存在に置き、日本からはもともと “男の音楽” であるフリーフォームのエネルギー・ミュージックに果敢に挑戦する女性箏奏者の八木美知依、そしてこれも第一世代から見ればヨーロッパ周縁というように言えるだろうノルウェーの即興シーンで角頭をあらわしてきたドラム奏者ポール・ニルセン・ラヴの三人からなるのが、伝統的な FMP 方式を採用して、連名をバンド名にするフリージャズ・トリオである。

 合衆国ジャズがグローバル・ジャズと呼ばれるような組みかえを余儀なくされている現在、欧州フリー・ミュージックも、絶えざるみずからの語りなおしをすることによって、21世紀の生存競争に生き残っていかなくてはならないという新局面を迎えている。ブロッツマンは活動の早い時期からそうしたことに意識的だったミュージシャンのひとりだが、八木美知依との共演、ハードコアなスイスのリズム陣と結成したフルブラストでの来日といった昨今の活動スタイルに、単なる即興セッションを超えたフリー・ミュージックそのものの組みかえがかけられているように思われる。

 マーク・ラパポートという頼もしい仲介役の存在が大きいとはいえ、八木美知依は求められるべくして求められた “東洋の魔女” なのである。そのような転換期に必要なミュージシャンが、ごく自然に出現してくるというのは、歴史の狡知と呼びたくなるような不思議な現象である。

 ともにイディオレクトが制作した前作『ヘッドオン』(2007年)および本盤『ヴォルダ』への道を、トリオ専属のプロデューサーであるラパポートは次のように述べている。

八木は《継続性》を最重要視しながら蓄積したノウハウの全てをこのトリオに注ぎ込み、同時にペーターとポールからフリー・ジャズの醍醐味を吸収。一方ペーターとポールは八木の用いるサウンドに対応すべく、フリー・ジャズ寄りであった語彙を大きく拡大。斯くして3人は《デュオ・プラス・ワン》的だったシチュエーションを真のトリオへと進化させることに成功した。

 他でもない箏という邦楽器こそが、八木美知依の演奏を介して、フリージャズを内部から変えていったのだという経緯を記した興味深いレポートといえるだろう。

 ドラスティックに変化することのないフリージャズの方法論のなかでのマイナーチェンジにとどまることのないよう、八木美知依は箏のオリジナルな声を最大限に生かそうとしている。新たな感性の出会いによって様変わりしたアンサンブルが、私たちの血管を流れる血液のように、よどみのない流れとして浮遊感を獲得している様子は、まさに新たな音楽の誕生を証言するものである。北欧ノルウェーのヴォルダ市に吹いた熱風のようなライヴ演奏を収録した本盤は、新たな時代に向かってフリー・ミュージックを開こうとするブロッツマンと、その希望に最大限の努力で報いる八木美知依とポール・ニルセン・ラヴの闘いの記録である。


[初出:mixi 2010-01-31「八木/ブロッツマン/ラヴ:ヴォルダ」]  

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 直前のお知らせとなりましたが、今年も、イディオレクト(マーク・ラパポート)主催で、恒例のペーター・ブロッツマン来日が実現しました。おなじみのポール・ニルセン・ラヴ、これが初来日という長い活動歴をもつチェロ奏者のフレッド・ロンバーグ・ホルムらによるトリオ編成で、横浜、東京、千葉などでの公演があります。日本サイドのゲストも、灰野敬二、大友良英、八木美知依、本田珠也、ジム・オルーク、坂田明、佐藤允彦といったおなじみの面々。関連企画として、公園通りクラシックスでは、ジム・オルークとロンバーグ・ホルムのデュオ公演も開催されます。(チラシ画像をクリックすると大きなバージョンで印刷情報が読み取れます)

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