2012年3月20日火曜日

高柳昌行 - Peter Kowald - 翠川敬基


高柳昌行 - ペーター・コヴァルト - 翠川敬基
Masayuki Takayanagi - Peter Kowald - Keiki Midorikawa
即興と衝突
Encounter And Improvisation
(地底レコード, Mobys/Chitei MC-10017)
 曲目: 1. Encounter And Improvisation(44:13)
 演奏: 高柳昌行(g) ペーター・コヴァルト(b) 翠川敬基(cello)
録音: 1983年4月29日
場所: 東京/池袋「Studio 200」
発売: 2012年4月15日


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 1980年代、最先端の芸術動向を素早くキャッチして、海外から来日するインプロヴァイザーたちにも公演場所を提供していたのが、西武百貨店池袋店の8階にあった席数200の小ホール “Studio 200” だった。1983年から1984年にかけ、この場所で開催されていたコンサート・シリーズ「Inspiration & Power Vol.3」(「Inspiration & Power」の名前を冠したイベントがそれまでにもおこなわれており、これはその第三弾という意味である)の第二回公演は、コントラバス奏者ペーター・コヴァルトをギタリストの高柳昌行とチェリストの翠川敬基が迎え撃つという即興セッションだった。このときの貴重な録音が、当時シリーズの企画を担当していたジャズ評論家の副島輝人の手に残されていたということなのだろう、2007年に地底レコードと共同して立ち上げられた<モビース/地底>シリーズから『即興と衝突』として発掘リリースされることとなった。タイトルは植草甚一の名著『衝突と即興』(1971年)をもじったものか、いかにも時代を感じさせる趣向である。

 ピナ・バウシュの拠点があったヴッパタール出身のペーター・コヴァルト、またモダンジャズからフリージャズへと道を切り開いてきた高柳昌行は、ともにすでに鬼籍に入ってしまったが、80年代前半のこの当時は、それぞれが新たな展開へとジャンプする凪のような時期にあり、コヴァルトはやがて、フリーミュージックの欧州中心主義から離れ、マクルーハン流の「グローバル・ヴィレッジ」という世界イメージのもと、インプロヴァイザーの世界的なネットワークを構想していくことになり、ジャズからの転換を試行していた高柳昌行は、ソロ・ギターによりある種の集大成をおこなったあと、フリー・インプロヴィゼーションからノイズという新たなサウンドの地平へと向かうことになる。そのような時期における出会いを刻印した本盤は、海外の演奏家と共演することが少なかった高柳にとって、貴重な記録のひとつといえるのではないだろうか。

 いつもながらに饒舌で、パフォーマティヴな演奏を次々に繰り出して突っ走る翠川敬基のチェロ。芋虫が繭を作るような変態期にあり、彼ならではの訥弁の語り口が、ノイズによってさらにズタズタに引き裂かれているような高柳昌行の演奏(ギターらしい演奏は一切していない)。とてもアンサンブルしているようには聴こえないふたりの異形のものを前に、海中にゾンデを下ろすようにして、コントラバスの弓奏でアブストラクトなサウンドやメロディーをさしはさんでくるコヴァルト。「即興と衝突」──タイトルに記されたような出会うためのインプロヴィゼーションは、演奏者たちの資質のあまりの相違、音楽の異質性によって、対話に発展することはなく、高柳とコヴァルトと翠川の演奏を、とりあえずこの場にならべるというふうにしておこなわれている。そうであるにも関わらず、日々の暮らしのなかで夫婦が似てしまうように、即興セッションの時間経過は、触れあうサウンドに不思議な温か味を帯びさせはじめ、異質な演奏者たちの異質性をそのままに、ひとつの気合い、ひとつの雰囲気を醸成していく。この日のセッションには前半と後半があったのだろうか? 本盤に収録されたテイクでは、まるで動物が少しずつ場所に馴れていくような、温か味をもった雰囲気の醸成をもってセッションが閉じられている。




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地底レコード