Gianni Gebbia & 新井陽子
渡来伝来伝播変成
torai-denrai-denpa-hensei
日時: 2012年4月13日(金)
会場: 東京/入谷「なってるハウス」
(東京都台東区松が谷4-1-8 1F)
開場: 7:30p.m.、開演: 8:00p.m.
料金: ¥2,000+order
出演: ジャンニ・ジェッビア(as) 新井陽子(p)
予約・問合せ: TEL.03-3847-2113(なってるハウス)
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サックスのベルのうえにそそり立つゴム手袋という隠し技も、ジャンニ・ジェッビアのビザールな感覚をあらわして余りあるものだが、今回の来日公演に彼が用意してきた “飛び道具” は、日本の篠笛と、触れることでチープな電子音を発する音響ガジェットだった。林栄一との共演で、また映画『南蛮人』上映後の音楽セッションでと、木製ボックスのこの楽器はいたるところで活躍している。13日の金曜日! 入谷なってるハウスで開かれたピアノの新井陽子とのデュオ「渡来伝来伝播変成」でも、この楽器が第二部の冒頭に登場したが、この晩はそれだけにとどまらず、休憩時間には、使い方を説明する即席のデモンストレーションまで開かれた。最初期のムーグのように、音程の自由にならない電子音がシングルノートでしか鳴らない楽器だが、ポルタメントがかかったり、指の使い方でメロディらしきものを工夫したり、バグパイプのように通奏低音を作りながら擬似的な二声を作ったりすることができる。しかしながらそれは、やはり音楽を作るための道具ではなく、自由にならない電子音の突出によって、固定化した、予定調和的な(即興)演奏を異化するため、聴き手はもちろん、ミュージシャンもどうしたらいいのかわからなくなるような無意味さを呼びこむものとして採用されているように思われる。
この音響ガジェットが出すのっぺら坊のサウンドに、新井陽子はピアノの内部奏法で応じたが、(欧米人よりも)ノイズを意味をもった音として聴くことができる(といわれる)日本人の耳の特質や、現代音楽から出発した新井の理論的なセンスなど、おそらくいろいろなことが影響してだろう、音響ガジェットが出す電子音とピアノの内部奏法でアンサンブルが成立してしまうということが起こった。高い即興能力といえばいえるものだが、もう一方では、聴くものを当惑させる肝心要のあのビザールな感覚が生まれてこない。聴き手の私がこの音に慣れてしまったということもあるだろうが、それ以上に、新井陽子が電子音にノイズ・サウンドで応じたことが大きいと思う。床に座って音響ガジェットを操作したこの数分間をのぞくと、ジェッビアはステージ中央の高い椅子に腰掛け、瞑目したまま、ほとんど不動の姿勢でアルトサックスを吹きつづけた。あたかも座禅を組む禅僧のように、ピアノの流れに没入しながら、新井のする演奏のことごとくに即座の反応を返した。新井もまた、音に全神経を集中して、ジェッビアをふりかえることはなかった。初めてのデュオにしてすでにセッションの雰囲気はなく、もう何年も共演してきたユニットのような、即興の自由度を損ねることのないアンサンブルが瞬時に作られていく。
メロディをくり出しながらのチェイス、サーキュラー・ブリージングが生み出すときに潮騒の胎動のような、ときに煙草をくゆらすような独特のシークエンス、連続するフリーキートーン、激しいフリージャズの応酬、ひとつひとつのノイズを宝石のように扱うピアノの内部奏法など、流れるように自然でありながら、次々とくりだされる多彩な奏法によってめまぐるしく変化していくデュオの演奏。同種の楽器ということもあってか、吉祥寺ズミでおこなわれたジェッビア/林栄一のデュオが、共演者を目の前に置くような演奏になっていたのに対して、ジェッビア/新井陽子のデュオは、自身の領域をはみ出して、共演者の領域と深くクロスしあうアンサンブルを形作るものだった。このことはたぶん、この三月に喫茶茶会記で開かれた初回の「焙煎bar ようこ」で、新井陽子/入間川正美デュオが聴かせた、お互いの間に一定の距離を確保する演奏とくらべても言えるだろう。「没入」といえるほどに聴きあうこのデュオ演奏の密度の高さは、音響ガジェットですら音楽化してしまうものだったというべきかもしれない。
ピアノによる新井陽子のフリーフォームの演奏は、特別に風変わりなことをするわけではない正攻法によってなされている。日本の多くの即興演奏家に見られる “かぶき者”(江戸や京都などの都市部で流行した異風を好み、派手な身なりをして、常識を逸脱した行動に走る者たちのこと)の精神といったものを欠いている。それが単なるコンプレックスの裏返しだったり、即興演奏を誤解したものであったり、仲間内だけでしか通じないジャーゴンだったりする場合もあり、評価は微妙だが、たやすく聴き手との共通感覚を確保する手段になっているということはあるだろう。即興演奏する新井陽子のエレガントさ、きっぷのよさは、こうした日本的即興の伝統から大きく離れていることから生じている。そうした彼女のまっとうさが生きるには、即興演奏一筋の演奏家より、ジャンニ・ジェッビアのように多方面の見識を持ちあわせた演奏家と、真正面からぶつかりあうのが最も早道だということを、この晩のセッションは教えてくれているようである。■
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