2012年5月30日水曜日

Long Arms - New Moscow



ポスト・クリョーヒン・スタディーズ 2012
第2回:モスクワ最新動向
日時: 2012年5月19日(土)
会場: 吉祥寺「サウンド・カフェ・ズミ」
(東京都武蔵野市御殿山 1-2-3 キヨノビル7F)
開演: 5:00p.m.~
料金: 資料代 500円+ドリンク注文(¥700~)
出演: JAZZBRAT(鈴木正美、岡島豊樹)
問合せ: TEL.0422-72-7822(サウンド・カフェ・ズミ)


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 すでにロシア音楽ファンの間ではよく知られているように、吉祥寺サウンド・カフェ・ズミに場所を借りて、鈴木正美と岡島豊樹からなる<ジャズブラート>コンビが、セルゲイ・レートフやアレクセイ・アイギの来日公演なども含むロシア音楽(および芸術)関連の定期的な報告会を、「ポスト・クリョーヒン・スタディーズ」のタイトルで主催している。5月中旬、今年に入ってから二度目となる「モスクワ最新動向」が開催された。第一部では、この3月に当地を訪問した鈴木正美がビデオ映像によっておこなう帰朝報告を、また第二部では、岡島豊樹が文化センター “ドム” のオリジナル・レーベル “ロングアームズ” の最新作を中心にロシア音楽の最前線を紹介するという、二部構成の報告会であった。鈴木の帰朝報告は、モスクワ在住の関係者を訪問するパーソナルな体験談を多く出るものではなかったが、第二部の音盤紹介では、タイトルがことごとくデジパック包装になっていたロングアームズの最近作を通して、モスクワ・シーンの現在をうかがわせるところがあった。故ニコライ・ドミートリエフが発掘した才能たちが、いまもなお活動を発展させている一方、新たなミュージシャンも登場してきた。

 最初にフィーチャーされたのはマルチリード奏者のアレクセイ・クルグロフ。ウラジーミル・タラソフのブラッシュワークに伴奏されたクラリネットと、幅広い空間性を開くオレグ・ユダーノフのアフリカン・リズム風パーカッションに伴奏されたアルトサックスという、それぞれに自由度の高いジャズ演奏が紹介された。ロングアームズの新譜紹介に入っての第一弾は、ドミトリー・ラプシ(b)、オクサナ・グリゴリエーヴァ(ds)、アントン・ポノマレフ(as, brs)のトリオによる『BROM』のハードコア・フリージャズで度肝を抜かれる。一時期「スプラッター・ジャズ」という呼び方もされていたあのスタイルである。ビル・ラズウェルらのラスト・イグジットだとか、ジョン・ゾーンらのペイン・キラーという、演奏されるサウンドの密度を意識的に高くした濃縮音楽をもって、新たな感覚を開こうとした音楽の系譜に属するものといえるだろう。しかし、モスクワではどう評価されているのかわからないが、私たちの耳には、あの時代を回顧させてしまうデジャヴ感にあふれているという点で、奇妙な時代錯誤感にもとらえられる。同じ濃縮音楽が、ラスト・イグジットではフリージャズの記憶と連動させられ、ペイン・キラーでは、一種のゲーム感覚のなかに置きなおされていた。現代モスクワの音楽シーンをリードする感覚はどちらなのだろう。

 次にスポットをあてられた3組は、いずれもローカルな声の音楽。ピアノ弾き語りのダリア・オニシュク、レーベルのスタート時から活動しているセルゲイ・ジルコフとエレナ・セルゲーエヴァによる “NETE”(ニェチェと発音するのだろうか?)の「Christmas Song」「Loshcha」「There, by the rivers of Babylon」、そして誰が呼んだのか「ロシアのディアマンダ・ギャラス」として話題になっているという、憑きもの系の歌手/語り手ヴェーラ・サージナの「赤い光線の中へ」「青い霧」などである。しかしどれも、そんなに風変わりだったり、奇妙だったりする歌を歌っているわけではなく、こんなふうに世界が激動のなかにある時代には、トラッドに原点をもつ、ローカルな歌を聴くのが精神の安定にもいいよね、という印象を与えるものである。歌の地産地消。声の地産地消。出発当初の “NETE” は「アヴァン・フォーク」などと呼ばれたが、この演奏ではすっかり伝統的な世界に回帰して、かつての実験精神は影をひそめている。ここに紹介された歌手たちはみんな、内面に向けて歌を歌っている。トラッドの意味が、以前とは(ニコライ・ドミートリエフがこの領域に注目していた頃とは)別のものに変化しているのではないかと想像される。ヴェーラ・サージナについては、詳細な情報がわかっていないというが、聴いたかぎりでは、ロシアの女性パンクみたいでもあるし、ローファイといってもいいかもしれないし、御詠歌のようでもあるし、要するに、やっていることはよくわからないのだが、これまでに決して聴くことのなかったタイプのロシア歌手であることだけは確かである。


 すでに大家の雰囲気を漂わせはじめた作曲家ウラジーミル・マルトゥイノフの新作を聴き、クロノス・カルテットが演奏した「The Beatitude」によって作風のヴァリエーションを確認したあと、第二部の最後に、サンクトペテルブルクを拠点に活動するロシアン・インダストリアル・ノイズの雄ニック・スードニクの新譜『Depot of Genius Delusions』から「Ultralight Elements」が紹介された。なにかをたたく音、なにかを引っ掻く音、なにかをはじく音といったノイズ系のサウンド、テープで流されていると覚しき環境音、笛の響き、それらが多重録音で音場の隅から隅まで配置され、ちょっと聴いただけではおたがいになんの関係もないような具合に演奏されている。ノイズ・サウンドを何重にもかさねた音幕はぶ厚く、それに加えるに、コンピュータの普及により、エレクトロニクス大衆化の波をかぶった西側のノイズ・ミュージックにはない物質的な感覚、一種の「野生」と呼んでもいいような要素をサウンドに刻みこんでいる。日本の音楽シーンとあえて比較するなら、広瀬淳二の “セルフメイド・インストゥルメント” と同じ行き方なのだが、広瀬のほうは最近、少しずつ音響彫刻的な楽器のとらえ方へと移行し、ライヴ演奏ではハプニング風の展開を見せるようになってきている。いずれにせよ、この感覚のリアルから離れることがないのは、ノイズ音楽の古いスタイルだからというわけではなく、その逆に、スードニクの音楽がとても現代的なテーマをとらえているためと思われる。





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吉祥寺サウンド・カフェ・ズミ