2012年5月25日金曜日

パール・アレキサンダーのにじり口 with 勝井祐二



Pearl Alexander presents "Nijiriguchi"
パール・アレキサンダー:にじり口
with 勝井祐二
日時: 2012年5月20日(日)
会場: 東京/新宿「喫茶茶会記」
(東京都新宿区大京町2-4 1F)
開場: 2:30p.m.,開演: 3:00p.m.
料金/前売り: ¥2,300、当日: ¥2,500(飲物付)
出演: パール・アレキサンダー(contrabass)
勝井祐二(violin)
予約・問合せ: TEL.03-3351-7904(喫茶茶会記)


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 当初ゲストに予定されていた山本達久が、事故に遭って現在治療中のため、ピンチヒッターにヴァイオリンの勝井祐二を迎えたパール・アレキサンダーの第五回「にじり口」セッションがおこなわれた。いつものエレクトリック・ヴァイオリンを生楽器に持ち替えた勝井の登場は、本人にとってもスペシャルな条件での演奏となった。はっきりと表明されてはいないものの、主催者であるアレクサンダーの演奏に即してみれば、「にじり口」はフリー・インプロヴィゼーションのシリーズ公演である。エレクトロニクスや舞踏の領域へと越境していく現代のフリー・インプロヴィゼーションというのが、おそらくは本シリーズ公演の眼目で、即興によって切り開かれる場であると同時に、そこで即興が問いなおされることになるような場を、若い女性コントラバス奏者が担っている。楽器をエフェクター類に接続して、ディストーションやディレイやループをかけてサウンドを電気的に異化させたり多声化したりしながらパフォーマンスするという、通常のロック・コンヴェンションを離れ、ヴァイオリン一挺での演奏となったこの日のセッション。勝井にとっては、共演者がリズムやビートを出してくれるわけでもなく、簡単に対話もしてくれないという意味で、いつもと少し様子の違うライヴだったのではないだろうか。

 トラッドの色彩感覚をもったメロディーを次々に紡いでいく勝井祐二のヴァイオリンは、上半身をさかんに動かして、ダンサブルでもあればパフォーマティヴでもある高揚感のなかで演奏された。メロディーの歌い方そのものに、身体的な運動からくる躍動感がもたらされている。ヴァイオリンというよりはフィドル、インプロヴァイザーというよりはプリマーシュ(ジプシー楽団のリーダー兼ソロ・ヴァイオリニストのこと)と呼びたくなるような雰囲気を放っているのは、太田惠資や喜多直毅などには見られない彼ならではの個性だろう。彼の演奏はつねに共演者を求めている。オリジナルな即興スタイルをもって他のミュージシャンに対するというのではなく、むしろ共演者の演奏を聴きすぎるほどに聴き、共演者の伴奏をし、共演者に伴奏されるデュオの展開をイメージし、二本のラインが絡まりあいながら先導役を交代していくところにアンサンブルを成立させようとしているようであった。人前で生楽器を演奏する機会の少ない勝井だが、エレクトリックな要素がないぶん、この日はその饒舌さがさらに際立っていたかもしれない。

 かたや、中村としまる、鶴山欽也、カール・ストーンをゲストにした過去の「にじり口」セッションを聴いてきたところで、音楽の越境性に気を奪われていたため迂闊にも気がつかなかったが、パール・アレキサンダーの即興は、蜘蛛の糸のように放たれる勝井のメロディーに絡めとられることのない、弦楽ノイズから構成されている。おもてむきメロディーのように聴こえても、彼女の耳は、おそらく弦の複雑なノイズ成分に焦点を合わせている。さらに、おなじコントラバス奏者の池上秀夫も、アレクサンダーがメンバーになっているベース・アンサンブル「Gen311」のリーダー齋藤徹も、楽器が生み出すノイズの複雑さに全身を集中させるような演奏をするが、どちらのミュージシャンにおいても、ノイズによる演奏は重厚長大なものとなる。あるいは重厚長大なシチュエーションのなかにノイズが配列されることとなる。彼らとくらべると、アレキサンダーの演奏はずっと軽やかだ。これはたぶん、彼女がひとつのシークエンスに固執したり、ある響きをバリエーションをもって発展させたりしないからだろうが、それでもコントラバスから生み出されるノイズ・サウンドは、即興演奏においていささかもその意味あいを損ねていない。このところの彼女のめざましい進歩は、たくさんの経験によって即興に自信をつけたこと、自分の演奏に手ごたえを感じていること、さらなる音楽の冒険に意欲を燃やしていることなどからやってきているように思われる。

 合奏によって、ロックなりジャズなりを連想させるひとつの音楽構造を作ってしまうことは、できるだけ避けられていた(おそらくこれはアレキサンダー側の即興観によるものだろう)ように思う。ふたりの「にじり口」セッションは、アレクサンダーの演奏に、それこそフレーズごとに何度も何度もアプローチをくりかえす勝井の姿が印象的なものだったが、それだけではなく、重厚なノイズを軽やかにもち運ぶアレキサンダーのテンポのよさが、勝井のメロディーがもっている運動性とシンクロする場面も多々見られた。こうした場面のなかで特筆しておきたいのは、演奏家としてのそれぞれの資質を生かすことになった第二部の前半である。というのも、ふたりの弦楽オスティナートがパラレルに持続するなかで、アレキサンダーはノイジーな低音の弓奏で激しいアタックをみせ、勝井はポルタメントをかけながらの不協和な(微分音を使っていたかもしれない)和声でそれぞれ共演者の演奏に対し、摩訶不思議なハーモニー空間を描き出したからである。もちろんふたりともにこうした場面の到来を偶然のものとし、ここからさらに次の展開を図っていくというようなことはなかったのであるが。


   【関連記事|パール・アレキサンダーのにじり口】
    ■「パール・アレキサンダーのにじり口」(2012-01-21)
    ■「パール・アレキサンダーのにじり口 with 鶴山欽也」(2012-03-19)
    ■「パール・アレキサンダーのにじり口 with カール・ストーン」(2012-04-17)

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喫茶茶会記