2013年5月10日金曜日

【CD】黒田京子: 沈黙の声



黒田京子『沈黙の声』
Kyoko Kurora: the very voice of silence
ORT music/Airplane Label/PROJECT LAMU Inc.|APX 1013|CD
曲目: 1. インハーモニシティ II (4:25)、2. おきな草のうた (4:56)
3. ひまわりの終わり (4:25)、4. ホルトノキ (6:33)
5. 白いバラ (6:19)、6. 闇夜を抱く君に (6:11)
7. 割れた皿~道 (5:57)、8. 燃ゆる花 (4:21)
9. あなたと (2:21)、10. インハーモニシティ I (3:25)
11. ろうそく (1:39)
演奏: 黒田京子(piano)
録音: 2012年11月1日
場所: 東京小岩「オルフェウス・レコーディング・スタジオ」
イラスト: 松岡芽ぶき
エンジニア: 菅原直人
ピアノ調律: 辻秀夫
発売: 2013年5月29日



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 黒田京子の最初のソロアルバム『サムシング・キープス・ミー・アライヴ』(19914月録音)は、いまは亡き川崎克己をエンジニアに、ピアノ調律を、最新作の『沈黙の声』でも産婆役を務めた辻秀夫に依頼して、当時、齋藤徹とコラボレーションしていた画家・大成瓢吉の拠点だった湯河原の個人美術館「空中散歩館」で収録したものである。いい響きを得るため、天井高く造られてはいたものの、特別な防音設備などはなく、自動車のエンジン音や小鳥のさえずりが聴こえる環境だったが、それだけに雰囲気はとても開放的なもので、みずからの音楽と対峙するピアニストの緊張感をよそに、音楽仲間の友人たちが旅行気分で集まったようなところがあった。ふりかえれば、最初のソロが録音されたのは、異領域の表現者をネットワークするORTの活動を一段落させた黒田が、彼女自身の音楽と一対一で向かいあわなくてはならない時期だったように思う。アルバムに制作者としてかかわった私は、録音機材を詰めこんだ帰りの自動車のなかで、「今度はスタジオで」といったエンジニアの声を、いまでも覚えている。

 あの録音から20年の歳月が流れた。その後もつづけられた交流を通して、黒田のピアニズムに精通するにいたった辻秀夫のピアノ監修のもと、さまざまな出会いや演奏活動のなかで書かれた楽曲の数々を集大成するソロ第二弾『沈黙の声』がリリースされる運びとなった。劇団トランクシアターの音楽監督をしていたときに書かれた曲(「おきな草のうた」)、敬愛する画家・堀文子の作品や生き方に感銘を受けて書かれた曲(「ひまわりの終わり」「ホルトノキ」「燃ゆる花」)、太田惠資、翠川敬基と組んでいた黒田京子トリオのために書いた曲(「白いバラ」「割れた皿」「あなたと」「インハーモニシティ I)、ヴァイオリニスト喜多直毅と作りあげた劇作品で演奏した曲(「インハーモニシティ II」「闇夜を抱く君に」)など。なかに赤羽敬夫監督のドキュメンタリー作品『旭巫女縁起』(1996年)に提供した「道」が収録されているが、これは監督の赤羽にソロ第一弾のジャケット画を描いてもらうという縁をいまにつなぐものであり、音楽の継続性をそれとなく示すものといえるだろう。その他に、録音前日にインスピレーションを得て書かれた「ろうそく」がある。

 楽曲の演奏は、ピアノという楽器の本質に迫るようになされている。彼女が演奏するピアノは、ある音楽を表現するための道具ではなく、むしろ聴かれるべき固有の声をもつ存在のようだ。タイトルの「沈黙の声」とは、まさに彼女を生かしてくれているもののことであり、聴こうとするものにしか聴こえないピアノの声のことなのだろう。黒田が書くメロディーやピアノ演奏は、serene という英単語がもつすべての意味(晴朗な、うららかな、のどかな、澄み渡った、雲ひとつない、穏やかな、静かな、落ち着いた、安らかな、平和な)を感情のようにもち、曲によっては、そこに激情をみなぎらせた深紅の絵の具がしたたり落ちるというふうにしてなされている。ピアニストの耳は、理想的な調律によって真珠のように輝くピアノの一音一音の前で立ち止まり、音と音の重なりあいが作り出す「非調和な」モアレ状のたゆたいに身をゆだね、演奏者の表現欲求といったものを一番最後に置いている。自分がかかわったすべての音楽、またピアノという楽器のよき伴走者となるべく死力をつくす黒田は、そのような表現者としてそこに居あわせているのである。

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