2012年10月29日月曜日

森重靖宗+山崎阿弥+立岩潤三@祖師ケ谷大蔵カフェ・ムリウイ



森重靖宗山崎阿弥立岩潤三
日時: 2012年10月27日(土)
会場: 東京/祖師ケ谷大蔵「カフェ・ムリウイ Cafe Muriwui」
(東京都世田谷区祖師谷4-1-22-3F)
開場: 6:30p.m.、開演: 7:00p.m.
料金: 投げ銭
出演: 森重靖宗(cello)
山崎阿弥(voice) 立岩潤三(percussion)
問合せ: TEL.03-5429-2033(カフェ・ムリウイ)



♬♬♬



 小田急線・祖師ケ谷大蔵駅の北口を出て商店街をまっすぐいくと、二階建てのビルの屋上に、たくさんの観葉植物で飾られたオープンテラスのあるカフェ・ムリウイがある。このカフェを訪れる訪問客は、いったん階段でビルの二階に登ってから、さらに建物の裏手に外づけされた鉄製の非常階段を使って屋上のテラスに出なくてはならない。外づけの非常階段は、視界をさえぎるよしずが周囲に張りめぐらされているので、いっこうに非常階段らしくなく、よしずに囲まれた洞窟を電球をたよりに登っていくような感覚が、そこはかとない冒険心をかき立てる。カフェのある屋上まで、進路が間違っていないことを示す看板が、二階の通路のつきあたりと非常階段の踊り場にかけられている。テラスにアレンジされた屋上の奥にオープンエアーな南国風のカフェがあり、この場所で投げ銭ライヴがよくおこなわれている。一年前、チェロ奏者の mori-shige が、ユーグ・ヴァンサンやジャンニ・ジェッビアと活動休止コンサートをおこなったのもこの場所だった。本名に戻って活動再開した森重靖宗が、なじみのこの場所に帰ってきて、ヴォイスの山崎阿美やインド・アラブ系のパーカッショニスト立岩潤三と、初顔あわせのセッションにのぞんだ。

 あらためていうなら、ノイズの濁りを絶妙にブレンドした弦楽サウンドに思い入れ、快楽的かつ瞑想的、ときにエロチックな感覚さえ触発する森重靖宗のチェロ演奏は、音響的な実験とともに、即興演奏がドラスティックな変貌をみせたサウンド・インプロヴィゼーションの時代に登場してきた新たな個性である。作曲音楽のアンチテーゼでもあった即興演奏のなかにも、現代音楽のような重厚なヨーロッパの伝統を感じさせる硬質でアブストラクトなサウンドが流れこんでいるが、それを「無音」によって自己否定するのでもなく、邦楽器であれ民族楽器であれ、トラディショナルな楽器の使用によって相対化するのでもなく、さらにはケージ流のノイズ指向に一般化するのでもなく、いわば西欧的なものの美しき誤用によって、これまでにない別のものにシフトするというスタイルが、森重ほどうまくいっているケースはないのではないかと思う。もちろん、そうした客観的な評価抜きでも、彼の快楽的なサウンドは、その深々としたバイブレーションでじゅうぶんに人々を酔わせることができる。音の形ではなく、感覚そのものに焦点があたっていることが、彼の即興演奏を現代的なものにしている。そのような森重のチェロが、妖精のように軽々と野山をかけ歩く山崎阿弥のヴォイスや、インド・アラブ系の楽器を使い、細分化されたリズムで共演者の演奏に密着する立岩潤三のパーカッションと出会ったライヴでは、たぐいまれなリラクゼーション音楽が出現することとなった。

 第一部の冒頭、ソロでスタートした山崎阿美は、小鳥のさえずりや猿らしき獣の声に、メロディをもったヴォーカリーズをアンサンブルしながら、森のなかを思わせる情景を声でスケッチしてみせた。軽々としたイマジネーションによる無国籍で無重力の世界。そこに音色を小刻みに変化させるかすれたような森重の弦楽が侵入してくる。荒々しいサウンドを帯びはじめる山崎のヴォイス。さらに立岩のシェイカーやラトル類が加わると、山崎はいったん歌うことをやめ、演奏は爪弾かれるチェロのメロディと打楽器のデュオへと移行していった。おおまかな道筋は決まっていたかもしれないが、すべては淀みのない自然な流れのなかでおこなわれていた。アルコ弾奏のオブリガートをともなって、タブラ演奏をはじめた立岩の心地よいリズムに乗って、山崎がヴォーカリーズでソロをとりはじめると、今度は森重が演奏をいったんやめ、立岩と山崎のデュオになった。こうしたデュオの交換からトリオ・インプロヴィゼーションに移行していくなかで、山崎はじつにいろいろな声のサウンドを使い、ときにサーランギーのようにも響く森重のチェロと立岩のタブラがからみあう豊かな流れに、多彩な彩りを添えていた。最後の場面は、ノイズをくゆらせるだけのチェロの演奏がリードをとったが、流れるような自然さをもった演奏の展開は、これが初共演かと思われるほどの心地よさだった。

 第二部の冒頭では趣向があった。メンバー全員が山崎をはさんでステージ前にならび立ち、まるで漫才トリオのような声あそびのセッションをしたのである。森重の歌のうまさは承知しているが、インド・アラブ音楽を修めた立岩も口唱歌には堪能で、三人がサウンド尻取りのようなことをしながら、演奏からはわからないユーモラスな側面を爆発させたコーナーだった。第二部の最後でも、足もとに置かれたふたつのグラスをとりあげた山崎は、ヴォーカル・マイクのところまで持ちあげて打ちあわせたり、一方のグラスの水を、もう一方の空のグラスに注いでさわやかな音をさせたりして、印象的な幕切れを作っていた。それがなんのてらいもなく、まるでいま思いついたちょっとした悪戯みたいにしてなされることが、山崎のパフォーマンスを無国籍で無重力のものに感じさせ、また彼女自身を、軽々と空を飛んで、どこにでもあらわれる妖精のような存在にイメージさせる秘密が隠されているようだ。森重靖宗のチェロに「無重力」を感じることはないだろうが、三者三様のサウンドが持っている個性的な浮遊感が絶妙なアンサンブルを見せて、これまで聴いたことがないような一枚のサウンド・タペストリーを織りあげた一晩だった。





   【関連記事|mori-shige|森重靖宗】
    「森重靖宗(mori-shige)の活動再開コンサート」(2012-10-09)
    「mori-shigeの休業宣言ライヴ」(2011-10-10)
    「mori-shige&パール・アレキサンダー」(2011-10-04)

-------------------------------------------------------------------------------