長沢 哲: Fragments vol.13
with 賃貸人格
日時: 2012年10月21日(日)
会場: 東京/江古田「フライング・ティーポット」
(東京都練馬区栄町27-7 榎本ビル B1F)
開場: 7:00p.m.、開演: 7:30p.m.
料金: ¥2,000+order
出演: 長沢 哲(drums, percussion)
賃貸人格(theremin, voice, vocal, pianica)
問合せ: TEL.03-5999-7971(フライング・ティーポット)
【賃貸人格|演奏曲】
「荒城の月」(instrumental)「白鳥のカバ」
「ハンガリー舞曲」「ロメオとジュリエット」
「愛しのワラ人形」「イエローぴーぽー」
♬♬♬
打楽器の多彩なサウンドによって静謐な世界を描き出す長沢哲の美学と、ほとんど対極にいる演奏家が、第13回の<Fragments>公演にゲストとして迎えられた賃貸人格である。「賃貸人格」というのは、テルミンやマトリョミンを演奏する金子由加が、替え歌や自作の歌を「憑依的なテルミン弾き語り」で歌ったり、「明るく発狂した即興パフォーマンス」で活動するときに使っているアーチストネームだ。おそらく世俗の埒を踏み外すこのときばかりは、人格を賃貸に出すことにしていますという意味なのだろう。パフォーマンスそれ自体も、「多重人格」的な変容を重ねていく(ほとんど顔芸と区別がつかないのだが)ものとしておこなわれるが、時と場所によって、彼女は他にもいろいろな人格を憑依するようである。すなわち、いろいろな芸風を持っているようである。目の前の女性が百面相を作りながら絶叫したり、白目をむいて歌ったりすれば、身の置きどころがなくなってしまう聴き手がいても当然だろうが、テルミンと即興ヴォイスのコンビネーション、音響ガジェットの使用、フェイク歌謡などは、“超歌唱” を標榜する巻上公一のもとで即興の手ほどきを受けた彼女の経歴を明かすものであり、けっしてエキセントリックなギミックなどではない。誤解してはならないと思う。2011年にピアノの三浦陽子が組んだ即興セッションで出会ったふたりは、今年の春に高円寺ペンギンハウスでデュオ演奏をしており、これが二度目の共演となる。
例によって、賃貸人格ソロ、長沢哲ソロ、賃貸人格+長沢哲デュオという構成で進んだライヴで、最初にソロをした賃貸人格は、髪をキリッと気持ちよくうしろに束ね、最初に「荒城の月」をテルミン独奏で情緒豊かに奏でた。そこから一転して雲行きが怪しくなる。歌のなかに垣間見えるシャープで皮肉な批判精神を百面相でボロボロに崩しながら、調子はずれのテルミンをともない、サンサーンスの曲を使った「白鳥のカバ」、ブラームスの「ハンガリー舞曲」(第5番)、プロコフィエフの「ロメオとジュリエット」など名曲を替え歌にし、十八番である自作の「愛しのワラ人形」や「イエローぴーぽー」などのナンセンス・ソングが歌われていく。黒のスラックスとハイネックのうえに、ピンク色のテルミンとおそろいのピンク色の薄手の上着をまとう衣装が美しかったが、かたや狂気とユーモアをテーマにした歌詞の数々は、抜くことのできない針のようなものをたくさん出していて、それが(他人を傷つけることがないように?)まず最初に彼女自身を突き刺すという自虐的なありようをしていた。ワラ人形に五寸針を刺すのに「ちょっとの間がまんして」と気をつかう「愛しのワラ人形」の分裂症的愛憎劇。狂人を拉致していく救急車があるという都市伝説をあつかった「イエローぴーぽー」では、町中を走りまわるたくさんの救急車が高速道路で渋滞するという悪夢が、あっけらかんと明るく歌われた。ナンセンス・ソングの形を借りた賃貸人格の歌は、現代の精神風景をえぐり出すようなリアリズムに支えられたものだと思う。
賃貸人格のパフォーマンスを意識したのだろう、長沢哲のソロも、いつもの静かな展開を後半にまわし、前半を力強いドラミングで構成した。いつものように、打楽器のサウンドに耳を集中させるのではなく、連打されるトレモロ風の、あるいはトーキングドラム風のリズムをエネルギッシュに展開していくと、またたく間に時間が経過していった。こうしたドラミングを聴くと、長沢ならではの静謐な演奏というのは、凝縮された瞬間の連続によって構成されたものであることがわかる。奇妙な言い方になるが、音色への集中というのは、一瞬のうちに長い時間を経験させるようなものなのだろう。あるいは、逆に、そうした時間経験のありかたを、私たちは時間の「凝縮」と呼ぼうとしているのだろう。後半に入ると、長沢のキーサウンドになっている鉄琴からシズルシンバル(小さな鉄球が鎖状になった紐をシンバルのうえに垂らしてシズル効果をあげるタイプ)を強調する演奏へと進み、いつもの長沢打楽に戻ってソロをたたきおさめた。こうした対極にいるふたりが共演するデュオ演奏で、束ねていた髪をほどいた賃貸人格は、髪を振り乱して歌う巫女的なパフォーマーに変身し、テルミンの他にも、ドラムの音をさせる音響ガジェット、絶叫や「バルサンたいてー」という言葉も使ってのヴォイス・パフォーマンス、二種類のピアニカなどを次々にくり出して即興演奏にのぞんだ。
長沢の静謐なドラミングの世界と、ものごとすべてをフェイクしていく賃貸人格の激突は、長沢の世界を破壊しないように、小さめの音で出されるキッチュな音響ガジェットの演奏にはじまり、泣くようなヴォイスからピアニカ演奏へ、さらにテルミン・サウンドへとゆっくり移っていった。賃貸人格の演奏パターンが変化するたびに、長沢もまた、場面をチェンジしていくようにリズムパターンを変化させ、彼女のパフォーマンスに音で背景を与えていく。あえてふたつの極を立てるのではなく、徹底して賃貸人格につきしたがう演奏をしていたのだが、テルミンになると、賃貸人格の演奏はいっきょに大きな自由度を獲得し、長沢のソロを前面に出したり、自分自身でソロをとったりを自在におこない、即興するテルミン奏者としての実力を遺憾なく発揮した。後半の部分では、坦々とつづく長沢のアフリカ的なリズムパターンに、賃貸人格がどこぞの山唄をフェイクしたヴォーカリーズを乗せるアンサンブルがつづいたが、最後の場面で落としどころを見つけたふたりは、テルミンに戻ってデュオ演奏の幕を閉じた。テルミンだけで公演を通すこともできるのだろうが、多重人格プレイのスイッチを入れるというところが、賃貸人格の賃貸人格たるゆえんになっているようである。真逆の美意識を持っているふたりだけに、デュオ演奏は緊迫した瞬間の連続だった。■
【関連記事|長沢 哲: Fragments】
「長沢 哲: Fragments vol.12 with zma」(2012-10-01)
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