2012年10月3日水曜日

毒食 Dokujiki 2



中空のデッサンUn croquis dans le ciel
Vol.30
毒食2 Dokujiki 2
日時: 2012年9月19日(水)
会場: 吉祥寺「サウンド・カフェ・ズミ」
(東京都武蔵野市御殿山 1-2-3 キヨノビル7F)
開場: 6:30p.m.、開演: 7:30p.m.~
料金: 投げ銭+drink order
出演: 森 順治(alto sax, bass clarinet) 林谷祥宏(guitar)
橋本英樹(trumpet) 岡本希輔(contrabass)
問合せ: TEL.0422-72-7822(サウンド・カフェ・ズミ)



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 コントラバスの岡本希輔が主催する「中空のデッサン」シリーズで企画された三回連続の「毒食」セッションの第二回公演が、現在、本シリーズの会場になっている吉祥寺ズミでおこなわれた。これはそのつどごとに変わる演奏家のソロを定期的に聴いてみる、あるいは、参加する演奏家がおたがいのパフォーマンスを聴きあうという、特別な趣向をもった即興演奏のプログラムで、エンターテイメントやイベントというよりも、むしろ公開の音楽セミナーだとか教育カリキュラムの性格が強く前面に出たものとなっている。即興演奏の知識があれば知見はさらに深まるだろうし、そうでなくても、ミュージシャンが日頃なにを考えて演奏をしているかが実例とともに示される。そうはいっても、私の知るかぎり、演奏がよかったときにおたがいの健闘を讃えあうというのならともかく、インプロヴァイザーが終演後に仲間の演奏について感想を述べあったり、コメントを加えたり、批評したりする習慣はないように思う。そうした習慣は「毒食」セッションでも守られていて、終演後の打ちあげの場でかわされる音楽的な雑談のなかで、問わず語りに、いまのインプロシーンや音楽を取り巻く社会的な環境について、あるいは即興の歴史などを話題にしながら、強いられることのない自然な交流と、結果としての教育的な配慮が図られていくという印象であった。

 林谷祥宏、橋本英樹、森順治、岡本希輔らの参加者が、実際にライヴをしてみて、個々のソロ演奏をならべるという公演スタイルに慣れたこともあるのだろう、セッションは前回よりのびのびとした内容になった。演奏順をくじ引きで決定するのは変わりないが、前回はひとり30分ずつのソロを一巡するという構成だったものが、来場者数の出足が悪かったことから、遅れてくる観客のため、今回はひとり15分ずつのソロを二度おこなうという構成に変更された。そのため個々のソロが並び立つようにセパレートして聴こえた前回とくらべ、第二回公演は、ソロ演奏を次々にリレーしていくような感じになった。この公演スタイルの変更は重要なものだったと思う。というのも「個々の演奏はソロとしておこなわれるものだが、この場の演奏としては連続したものなので、やはり他のミュージシャンの演奏に影響を受けるだろう」ということを、店主である泉秀樹の質問に答える形で林谷が述べたからである。また実際の公演からはわからないが、この日のサウンドチェックは、ひとりずつ順番におこなうというのではなく、そこにいた全員がいっせいに音出しするというもので、参加者のアンサンブルが「毒食」セッションを支えているということが事実としてあったからである。実際に共演してアンサンブルしてみることと、観客席で仲間の演奏を聴くこととの間にある違いは、おそらく違いが違いと認められないほど小さいものだったはずだ。ソロ演奏における本質的な相違は、むしろ前後半で15分ずつ二度やってくるソロ演奏を、連続したものとして演奏するのか、あるいは違いを際立たせて演奏をするのかという選択にあらわれたと思う。
 前後半の演奏順は以下の通り。

 第一部:橋本英樹、林谷祥宏、岡本希輔、森順治
 第二部:岡本希輔、橋本英樹、森順治、林谷祥宏

 くじ引きの結果、トップで演奏した橋本は五番目に再登場、次の林谷は六番目と、いずれもじゅうぶんな時間をはさんでの演奏だったのにくらべ、岡本は森順治をはさんで二度目の演奏、森順治は三番目ということで比較的短く、個々の演奏条件にそうとうな違いが出た。休憩していた時間をのぞき、ひとり15分で単純計算すると、岡本希輔(15分)<森順治(30分)<橋本英樹(60分)<林谷祥宏(75分)という順番で待ち時間が増えていったことになる。二度目の演奏をどんな内容のものにするかを最初に示すなりゆきになった点も含め、メンバーのなかで最も過酷だったのが、コントラバスの岡本だったことは言うまでもないだろう。その反対に、林谷には別の演奏をするための時間がたっぷりと与えられた。ソロ演奏をアルコ弾奏で通した岡本は、演奏の途中で音の動きをとめ、沈黙の書き割りを背景に弦のノイズ・サウンドを出しつづけるという、彼ならではのプレイを最初の演奏にかぎることでふたつのパフォーマンスを区別した。演奏のアプローチそのものが変わったわけではなく、これはひとつの演奏を二回にわけてパフォーマンスしたようなものといえるだろう。この点は森順治も同様で、演奏の冒頭、ビールを飲み干したあとの空缶をサックスのベルに突っこんで咆哮するなど、いつものように音楽の外側から変則的な禁じ手を披露した彼は、椅子のうえに持ち替え楽器のフルートを用意していたが、最初の演奏ではそこまでたどり着かなかった。静かなサックス吹奏から再出発した二度目の演奏でフルートにまでたどり着いた彼は、ようやくにして観客の期待にこたえたのである。

 唇の調子がよく、すばらしい演奏だったと森順治が絶賛したこの日の橋本英樹は、フレーズ回しに緩急の変化をつけていたものの、二度のソロ・パフォーマンスをほぼおなじように演奏した(ように聴こえた)。これはおそらく、急速調で展開する橋本の即興演奏が、息の吹きつけ方や唇の変化という、いってみるならばトランペット・ヴォイスの内声をミクロに細分化してヴァリエーションをつけていくことと無関係ではないように思う。以上の三人は、二度の演奏をそれぞれのやり方でそれぞれの関係に置きながらも、楽器に対する態度を一貫して変えることがなかったため、ふたつの演奏は連続したものとなったが、ギターの林谷祥宏は、スティックで弦をプリペアドし、e-bowを使い、アンプからの出音をオンオフし、小型扇風機を使うなど、ほぼおなじ語法を使いながらも、最初にサウンドの間に沈黙をさしはさむような演奏をし、次に(おそらく最後の演奏ということを意識したのだろう)アート・リンゼイを思わせる荒々しく過激なパフォーマンスによって、サウンドの肌理がつまった演奏をしたので、結果的に、まるで別の演奏をふたつすることになった。これはこの場だけの偶然の出来事というより、他の三人の音楽のあり方との本質的な差異、即興に対する根本的な考え方の相違によるものと思われる。このような林谷が「毒食」に参加していることの意味が、最終回となる次回でどこまで明確になるのか楽しみである。




※毒食(どくじき):1900(明治33)年2月17日、衆議院で演説した田中正造が、「目に見えない毒」に汚染された水や作物を飲み食いすることをいいあらわしたもの。[フライヤー文面から]


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