2012年10月19日金曜日

豊住芳三郎・照内央晴 DUO




豊住芳三郎・照内央晴 DUO
日時: 2012年9月26日(水)
会場: 東京/入谷「なってるハウス」
(東京都台東区松が谷4-1-8 1F)
開場: 7:30p.m.、開演: 8:00p.m.
料金: ¥2,000+order
出演: 豊住芳三郎(drums, 胡弓) 照内央晴(piano)
予約・問合せ: TEL.03-3847-2113(なってるハウス)



♬♬♬




 今年から活動をスタートさせ、すでに二度の東京公演をおこなった東京インプロヴァイザーズ・オーケストラに参加して、演奏家たちとの新たなネットワークを開いているピアニスト照内央晴は、21世紀の高度情報化社会に暮らしながら、あえてパソコンを持たないという意識的なライフスタイルの選択と、ひとたび楽器の前にすわれば、剛健なフリージャズをたたき出すワイルドさをひとつにした、野武士のような演奏家である。かたや日本のニュージャズ/フリージャズの草創期から活躍してきたドラマーの豊住芳三郎は、高木元輝や阿部薫などとの交流をはじめ、洋の東西を問わず、即興演奏史のいたるところに顔を出すキーパーソンで、すでに歴史の生き証人というべき重鎮となっているが、10年ほど前から新たに胡弓の演奏をはじめるなど、感覚の刷新を忘れずにいる。最近ではドラム演奏を捨て、胡弓だけでパフォーマンスすることもあるようである。ふたまわりも世代の違うこのふたりが出会い、剣豪勝負にのぞむデュオ・パフォーマンスが、入谷なってるハウスで開かれた。これまでにもデュオで演奏する機会はあり、これが何度目かの共演になるとのこと。スピード感のある展開で一丸になる場面と、足をとめて相手の出方をうかがう場面が交代であらわれる演奏は、伝統的なフリージャズのスタイルを現代において生きなおす演奏になっていた。

 共演者が思わずもらす片言隻句(フレーズ)を聴きのがすことなくとらえ、そこから即座に新しい演奏を展開していくふたりのインタープレイは、複雑にからまりあいながら、みるみるうちに生い茂っていく植物を目の前に見るようで、瞬間瞬間をおろそかにしない緊張感にあふれた時間を、一体になって作りあげていた。強烈なリズムとともに、自分の身体を相手の身体にぶつけていくような演奏のありようが、言語を断ち切る肉体の噴出といわれたフリージャズらしさに直結していくのだが、そうしたエネルギッシュな演奏によって音楽の一体感を確保しつつも、照内央晴のピアノは、パルスによる音の奔流をあえて断ち切り、まるでそこだけ静止したかのように感じられる単音のフレーズやコードをさしはさんでくる。私の記憶のなかの豊住芳三郎は、周囲がどんな方向に進もうとも、音量をしぼったり、用意された小物に移ったりして調子を合わせながら、ミニマルなリズムだけは終始一貫してキープしつづけるという、ハン・ベニンク流の饒舌な演奏をしていたが、照内央晴とのデュオでは、みずからもリズムの流れを断ち切り、そこにぽっかりとあいた空白地帯で、それまでとは別種の演奏をしていた。たとえば、開演前に飲んでいたコーヒーカップと皿を使っての演奏(衝撃を与えすぎて最後には割れてしまった)であり、あるいはメロディのない変則的な胡弓の演奏などである。

 コーヒーカップと皿のように、日用品を利用した意外性のある演奏は、フリージャズでしばしばお目にかかるところである。少し前に「毒食」セッションの森順治がビールの空缶をベルに投げこんでいたし、来日を重ねているシチリアのサックス奏者ジャンニ・ジェッビアが、コミカルな味をねらってゴム手袋を使うところを何度となく目撃したこともある。フリー・インプロヴィゼーションではまずないことなので、おそらくこれは伝統的にジャズマンならではの諧謔精神に由来するものなのだろう。太鼓のうえにのせたコーヒーカップと皿をすりあわせてカリカリいわせたり、食器どうしを触れあわせてカチャカチャいわせたり、スティックでソフトにたたいたりするのであるが、フリージャズのパルスが途切れた空白地帯を、なんでもありのアナーキーさや、即興演奏のナンセンスさを暴露するようなサウンドが埋めていくことになる。かたや共演者の照内はこうしたアイディアを採用することなく、ピアノ線を直接はじいたり、ピアノ線のうえに紙をおいて演奏したり、ピアノの鍵盤の下にあたる部分やピアノ線を保持する枠の部分をヒットするなど、おだやかな特殊奏法に限定してバリエーションを出していた。ピアノ演奏に関して、彼は比較的オーソドックスなプレイヤーといえるだろう。

 最初に導入を考えたとき、先駆者である向井千惠に相談したという豊住の胡弓が、コーヒーカップと皿のような、関節外し的演奏の延長線上にあるものといえるのか、いささか判断がつけにくい。というのも、最初期ならいざ知らず、独学で修めたという胡弓のソロは、すでにちょっとした味つけの域をはみ出し、ドラム演奏と別のサウンド領域をはっきりと切り開くようになっていたからである。照内とのデュオで、マイク増幅なしで弾かれた胡弓は、キーキーという子ネズミの声のような異形のサウンドとして出現した。ポルタメントで激しく上下していくライン、ときおり鳴らされる不協和音、メロディらしきものの断片(あるいは痕跡)、弓が絃に引っかかったようにして起こる突然の停止、可聴域ギリギリでかすかに聴こえる高音のサウンド、こうしたものの連続がセットの前後半に登場し、それぞれ10分間ばかりつづくのである。セットの前半、しばし考えあぐねていた照内は、ピアノ本体を手のひらでヒットする演奏で応じ、後半は、ピアノ線のうえに紙を置いてビリビリとさわり” の音をさせながら、リリカルな和声をつけることで応じていた。新しい豊住芳三郎がそこにいる。豊住のファンが、胡弓の演奏を期待してやってくるとは思えないが、攻めて、攻めて、攻めつづけるドラミングで強い印象を残す豊住とはまったく別の豊住が、新たな異形のサウンドをたずさえて、いまもステージに立ちつづけているのである。



   【関連記事|照内央晴】
    「木村 由+照内央晴@高円寺ペンギンハウス」(2012-08-26)

-------------------------------------------------------------------------------